「さりとては」の者は

「さりとては」の者は、平均への回帰によって刈られ、現実に適応し、強化されるのである。

TVアニメ版「新世紀エヴァンゲリオン」で主人公・碇シンジは、居場所を見つけ、「逃げてもいい」という結論を得た。それは、人から人間への変化、即ち You(単数)からYou(複数)への変化であった。

人は成熟するにつれ、自分ではどうにもできないことについて、特定から一般になる。一方、自分の意思が反映できることについては、一般から特定になる。

一般のほうが、特定よりエネルギーが高いために、エネルギーの流れが生じ、そのなかで自己組織化により散逸構造が作られる。また、意思によっても構造は作られる。

そのようにして、新たな構造が作られるのだ。

補足:
本文章の着想の原点は、伏見 つかさ「俺の妹がこんなに可愛いわけがない〈11〉」 である。

関連ツイート:

言語による責任分割

言語が、責任を分割する。Aの言語による意思表明を、Bは確認し、その意思表明をAが反故した責任を、Bは(公的には)負わない。

責任の分割によって、他者との適切な距離が作られる。

新世紀エヴァンゲリオンセリフ集 第参話「鳴らない、電話」

大人になるってことは、近づいたり離れたりを繰り返して、お互いが余り傷つかずにすむ距離を見付け出す、ってことに。

メアリー・チューダーとメアリー・スチュアート

メアリー・チューダー

メアリー1世 (イングランド女王) – Wikipedia [2012年9月29日 (土) 18:10‎ の版]

メアリ1世(Mary I, Mary Tudor,1516年2月18日 – 1558年11月17日)は、イングランドとアイルランドの女王(在位:1553年7月19日 – 1558年11月17日)

エリザベス1世の姉。プロテスタントに弾圧を加え、ブラッディ・メアリーと呼ばれる。

メアリー・スチュアート

メアリー (スコットランド女王) – Wikipedia [2012年8月30日 (木) 07:57‎ の版]

メアリー(Mary Stuart, 1542年12月8日 – 1587年2月8日(グレゴリオ暦2月18日))は、スコットランド女王(在位:1542年12月14日 – 1567年7月24日)。

エリザベス1世暗殺未遂事件により、処刑。この処刑がアルマダ海戦につながる。

イングランド王

メアリー1世 1553-1558

フィリップ (フェリペ2世 (スペイン王))1554-1558 メアリー1世の夫

エリザベス1世 1558-1603

ジェームズ1世 1603-1625 (メアリー・スチュアートの子)

系譜

"ス王"は、スコットランド王を表す)

          ヘンリー7世
    ┏━━━━━━━━┻━━┓
マーガレット・テューダー  ヘンリー8世
    ┃        ┏━━┻━━━┓
ス王・ジェームズ5世  メアリー1世  エリザベス1世
    ┃
ス王・メアリー
    ┃
ジェームズ1世(ス王・ジェームズ6世)

(テューダー朝 – Wikipediaを参考)

メアリーの処刑、アルマダ海戦、そしてヴェストファーレン会議

アニメ作品「境界線上のホライゾンII」では、メアリーの処刑、アルマダ海戦をヴェストファーレン会議につながるものとして描いている。

これらは、史実の八十年戦争においてつながる。

ヴェストファーレン条約(1648年、ウエストファリア条約とも呼ばれる)は、八十年戦争(1568-1648。オランダ独立戦争とも呼ばれる)を終結させた。ヴェストファーレン条約では、以前はハプスブルク朝スペイン領であったオランダ(ネーデルラント連邦共和国)の独立が承認された。

八十年戦争のなかの英西戦争(1585-1604)のなかに、アルマダ海戦(1588年)がある。

メアリー・ステュアート(元スコットランド女王にして、元フランス王妃)の処刑(1587年)が、アルマダ海戦(1588年)につながる。

イングランド(女王エリザベス1世)及びオランダは、プロテスタント。メアリー・ステュアート及びハプスブルク朝スペインは、カトリック。両者の対立は、宗教を背景としていた。

なお、一般にヴェストファーレン条約は、三十年戦争(1618-1648)を終結させた条約として知られる。

三十年戦争は、オランダ独立に絡む八十年戦争に比べ期間は短いが、より多くの国、より多くの目的が絡む戦争であった。

「ニア・イズ・ベター」「Think locally」

橋下 徹・堺屋 太一 : 体制維新――大阪都 (文春新書, 2011) p.39.

アメリカやヨーロッパで生まれた「ニア・イズ・ベター」という思想が、日本にも必要なのです。身近なところで決めたほうがよい、という考えです。

石倉 洋子 : 戦略シフト (東洋経済新報社, 2009) p.253.

Act Globally と Think Locally

関連:
「ニア・イズ・ベター」「Think locally」は、『地理』にあたる。

謀略

紺碧の艦隊 第4話「天元作戦発令」

しかし、本作戦計画をもっと効果あらしめるには、やはり謀略が必要です。謀略は計算ではでてきません。すぐれた策略家の意表をつく発想こそが作戦の成否を決めます。… 正確な計算に基づく見積もりと行動計画は、作戦の確立の検証でしかありません。

ネモ船長の最期の言葉は、JR貨物の社歌に通じる

潜水艦ノーチラス号の艦長であるネモ船長の最期の言葉は、「神と祖国!」である。

これは、JR貨物の社歌「春夏秋冬」に歌われている、希望と誇りが縦糸と横糸をなす様子に通じる。

ジュール ヴェルヌ=著, 大友 徳明=訳 : 神秘の島 第三部 (偕成社文庫, 2004) pp.315.

かつて多くの炎がほとばしりでたその瞳に最後の火がかがやいた。そのあと彼は、『神と祖国!』とつぶやきながら、静かに息を引きとった。

補足:
ジュール ヴェルヌ=著, 大友 徳明=訳 : 神秘の島 第三部 (偕成社文庫, 2004) pp.380-381.
大友 徳明氏による解説より。

『神秘の島』の第三部で、ネモ船長が息絶えるまえの最後の言葉を、出版者のエッフェルが勝手に書きあらためた事実も、いまでは判明しています。現在刊行されている版では、臨終の床にあるネモ船長はこう描写されています。「……かつて多くの炎がほとばしりでたその瞳に最後の火がかがやいた。そのあと彼は、『神と祖国!』とつぶやきながら、静かに息を引きとった。」

 ところが、ヴェルヌの初めの原稿では、ネモ船長の言葉は「……『独立!』とつぶやきながら……」と、なっていました。

独立!

ジュール ヴェルヌの初めの原稿におけるネモ船長の最期の言葉と、「沈黙の艦隊」の海江田四郎の最期の言葉は同じ:

  「独立」

ジュール ヴェルヌ=著, 大友 徳明=訳 : 神秘の島 第三部 (偕成社文庫, 2004) pp.380-381.
大友 徳明氏による解説より。

『神秘の島』の第三部で、ネモ船長が息絶えるまえの最後の言葉を、出版者のエッフェルが勝手に書きあらためた事実も、いまでは判明しています。現在刊行されている版では、臨終の床にあるネモ船長はこう描写されています。「……かつて多くの炎がほとばしりでたその瞳に最後の火がかがやいた。そのあと彼は、『神と祖国!』とつぶやきながら、静かに息を引きとった。」

 ところが、ヴェルヌの初めの原稿では、ネモ船長の言葉は「……『独立!』とつぶやきながら……」と、なっていました。

かわぐちかいじ : 沈黙の艦隊 32 (講談社, 1996)

p.146.
カイエダが自己の不在を想定しての手紙とは何だ!?

p.149.
海江田のメッセージを読み上げる

p.150.
独立せよ

バルカン半島を除いては、1914年まで約一世代にわたってヨーロッパ大陸に戦争はなかった

バーバラ・W・タックマン=著, 山室 まりや=訳 : 八月の砲声 下 (ちくま学芸文庫, 2004) p.165.

遠隔の地で起こったバルカン戦争を除いては、一九一四年まで約一世代にわたってヨーロッパ大陸に戦争はなかった。

出来事を調べてみると、遠隔の地であるバルカン半島に起こった戦争を除いては、一九一四年まで約一世代にわたってヨーロッパ大陸に戦争はなかった、が正しい。

戦争一覧 – Wikipedia [2012年8月24日 (金) 09:28‎ の版]から、1860年から第一次世界大戦までの期間における、ヨーロッパ、バルカン半島が戦場になった戦争を抜き出してみた (なお、引用にある「一世代」とは30年を指すから、1884年~1914年で一世代である)。

・1864年 – 第二次シュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争 – Wikipediaユトランド半島の制圧 (デンマーク)

・1866年 – 普墺戦争ケーニヒグレーツの戦い – Wikipedia (チェコ)

・1870年~1871年 – 普仏戦争 – Wikipediaセダンの戦い – Wikipedia (フランス)、パリ陥落

・1877年~1878年 – 露土戦争 (1877年-1878年) – Wikipedia (戦場: バルカン半島)

・1897年 – 希土戦争 (1897年) – Wikipedia (戦場: バルカン半島)

・1911年~1912年 – 伊土戦争 – Wikipedia (戦場: バルカン半島、北アフリカ)

・1912年 – 第一次バルカン戦争 – Wikipedia (戦場: バルカン半島)

・1913年 – 第二次バルカン戦争 (戦場: バルカン半島)