御成敗式目 全51条=17×3
建武式目 全17条
分国法 – Wikipedia (2011年12月16日 (金) 11:13 の版を参考)
「朝倉孝景条々」 17ヶ条
「伊勢宗瑞十七箇条」 17ヶ条
「大友義長条々」 17条+追加8条の計25条
禁中並公家諸法度 全17条
御成敗式目 全51条=17×3
建武式目 全17条
分国法 – Wikipedia (2011年12月16日 (金) 11:13 の版を参考)
「朝倉孝景条々」 17ヶ条
「伊勢宗瑞十七箇条」 17ヶ条
「大友義長条々」 17条+追加8条の計25条
禁中並公家諸法度 全17条
王は奉仕者・救済者ではない。王は奉仕される者だ。
故に逃げられず、常に当事者であり、オブラートを着られない。
王の仕事は、導くことである。
その意志が民の志の総算であれば、王は孤高ではない。
「Fate/Zero」 第11話 「聖杯問答」
いいや、違う。王が[故国に身命を]捧げるのではない。国が、民草がその身命を王に捧げるのだ、断じてその逆ではない。
自らの治世を、その結末を悔やむの王がいるとしたら、それはただの暗君だ。暴君よりなお始末が悪い。
余の決断、余に付き従った臣下達の生き様の果てにたどりついた結末であるならば、その滅びは必定だ。痛みもしよう、涙も流そう、だが決して悔みはしない。
ましてそれを覆すなど、そんな愚行は余と共に時代を築いた全ての人間に対する侮辱である。
王とはな。誰よりも強欲に、誰よりも強笑し、誰よりも激怒する。清濁を含めて人の臨界を極めたるもの。そうあるからこそ臣下は王を羨望し王に魅せられる。一人一人の民草の心に、我もまた王足らんと憧憬の灯が灯る。
騎士道の誉れたる王よ。たしかに貴様が掲げた正義と理想は、ひとたび国を救い、臣民を救済したやも知れぬ。
だがな、ただ救われただけの連中がどういう末路を辿ったか、それを知らぬ貴様ではあるまい。
貴様は臣下を『救う』ばかりで『導く』ことをしなかった。『王の欲』のかたちを示すこともなく、道を見失った臣下を捨て置き、ただ独りですまし顔のまま、小奇麗な理想とやらを想い焦がれていただけよ。
故に貴様は生粋の王ではない。己の為ではなく、人の為の王という偶像に縛られていただけの小娘にすぎん。
すべての勇者の羨望を束ね、その道標(みちしるべ)として立つものこそが王。ゆえに王とは孤高にあらずその意思はすべての臣民の志の総算たるが故に。
Portal:工学と技術 – ウィキバーシティ (2011/11/25)
トマス・ヤング (*1773年6月14日 ~ †1829年5月10日) はイギリスの科学者、研究者、内科医、博学者。時に、「すべてを知る最後の人」と評される。というのは、当時における現代西洋の学術的な知識のほぼすべてに精通していたためである。 明らかに、これが真実であることを確かめることはできないが、他に資格のある人物としては、ゴットフリート・ライプニッツ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、サミュエル・テイラー・コールリッジ、ヨハン・ヴォルフガング・ゲーテ、フランシス・ベーコンが挙げられる。ヤングはまた、ブリタニカ百科事典現代版の様々な主題について執筆した。彼の学習は範囲と幅において莫大だったので、”奇才ヤング”として一般的に知られている。
ロバート・B・チャルディーニ=著, 社会行動研究会 : 影響力の武器 [第二版] (誠信書房, 2007) p.437.
イギリスの経済学者で政治思想家、科学哲学者でもあるジョン・スチュアート・ミルは約百三十年前に亡くなりました。… この世界で知られるべき事象すべてを知っている最後の人と見られていたからです。
ディドロ, ダランベール=編, 桑原 武夫=訳編 : 百科全書―序論および代表項目 (1971, 岩波文庫) pp.324-325.
サン=ラベールによる「天才」の項
精神がひろく、想像力がゆたかで魂に活力があること、これこそ天才である。
…
天才人は、その〔常人〕よりひろい魂が、すべての存在の感覚にうたれ、自然のうちに存在するすべてのものに関心をもち、どんな観念をうけとっても感情が目覚めさせられ、すべてが魂を活気づけ、すべてが魂において維持されるような人である。
魂は、事物そのものによって動かされるが、記憶によってさらに強く動かされる。しかし天才人にあっては、想像力はさらに先まで進む。彼はもろもろの観念を、うけとったときよりずっと鮮明な感情をもって思い起こす。これらの観念に、感情を生ぜさせるにより適した他の多くの観念が結びつくからである。
事物にとりかこまれこれに没頭している天才は、思いだすのではない。天才は見る。見るにとどまらない。感動するのだ。… 魂は、真の色彩により、消しえない筆致によって、自らつくったものながら彼を熱中させ楽しませてくれる幻に、実体をあたえようと欲する。
関連:
佐貫 亦男 : 不安定からの発想 (講談社学術文庫, 2010) p.84.
その原因は機体の安定も不良であったが、それよりも自己の精神安定を確立せずに無暴な技術計画へ立ち向かったことにある。
原発論議で注意しなければならないのは、それが一般の社会的強者にも弱者にも等しく不可避な影響を与える問題である点である。以前、雑誌記事で「希望は、戦争」という低所得者の手記があったが、そこで戦争は“一般の社会的強者にも弱者にも等しく不可避な影響を与える”ものとして扱われていた。
通常の問題の解決策に対して、一般の社会的強者は解決策が実行されても不利益をなるべく被らないように対策をとるため、社会的強者の優位が生じて、社会の混沌は避けられた。
しかし、“一般の社会的強者にも弱者にも等しく不可避な影響を与える”場合に、社会は混沌となりがちである。
社会の混沌化の手段として原発論議が使われないように、警戒しなければならない。社会を混沌とさせないために、深い思慮に基づいて解決がされねばならない。
原発論議で必要なのはエネルギーのキャッシュフローの視点である。つまり、いかなる時点においても、エネルギーを致命的に不足させないことである。
さて、キャッシュフローに関心があるのは、中間層ではなく、高位層と低位層ではないだろうか。
国民の多数を占める中間層は、原発について考える時、キャッシュフローの視点を特に意識する必要がある。
ジグミ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク ブータン国王陛下 の国会で演説(演説全文、2011/11/17)の構成を整理する。予め、構成を整理するという不敬、および、構成に着眼するという優先順位の不適を、お許しいただきたい。
・機会を得たことに対して感謝する。聴者の存在に言及し、特に相手組織の権威を尊重する。
・自分が自組織の正当な代表者であることを明言する。
・時事。不幸は分かち合う。幸福は共に祝う。自組織と相手組織の共通点を語る(「○○ N周年」は、共通点になる)。
・論理的・分析的な目から、相手組織について褒める。
間に『ご列席の皆様。私はすべてのブータン人に代わり、心からいまお話をしています。私は専門家でも学者でもなく日本に深い親愛の情を抱くごく普通の人間に過ぎません。』が挟まれた。
・第三者的・客観的な目から、相手組織(のアウトプット)について褒める。
・相手組織の方針に関する支持を表明する。
・自組織の普遍的事項・現在完了 (誇り)を語る。
・自組織の現在進行・将来 (希望)を語りつつ、自組織と相手組織の関係進展の願いを語る。
・自組織に特有なパフォーマンスをし、その意味を語る。
・感謝の言葉。
入植から始まる領土の取得と、その領土の確定。
この動画は、ラス・カサス=著, 染田 秀藤=訳「インディアスの破壊についての簡潔な報告」 並みに、外政に関する教訓を含む。
グアダルーペ・イダルゴ条約 – Wikipedia
2011年10月20日 (木) 08:07 の版からの引用:
アメリカ側の批准書では第10条(米国政府は譲渡された地域のメキシコ及びスペイン人に対し、彼らが居住している土地の無償払い下げを約束するもの)の全文が削除され、また9条は書き直されており(譲渡地域内のメキシコ人が米国市民権を得るには議会の承認が必要とすることになった)、これは8条に示された「譲渡地域内のメキシコ人は1年を経過したらアメリカ合衆国市民権を自動的に得ることができる権利」を死文化するものであった。
閑院宮 – Wikipedia (2011年10月31日 (月) 15:19 の版)
皇統の断絶を危惧した新井白石が、徳川将軍家に御三家があるように、朝廷にもそれを補完する新たな宮家が必要との建言を将軍徳川家宣に出した。
一方、同様の危機感を抱いていた東山天皇も家宣の舅でもある関白近衛基熙を通じて、実子である秀宮(直仁親王)に新宮家を創設させるための財政的な支援を求めてきた。このため、宝永7年8月11日(1710年9月4日)、直仁親王を初代とする新宮家創設が決定され、8年後に霊元法皇(東山天皇の父、天皇は1709年に崩御)より直仁親王に対して閑院宮の宮号と1000石の所領を下賜された。こうして、寛永2年(1625年)の有栖川宮(高松宮)が創設されて以来の新宮家誕生となった。その屋敷地は、京都御苑の南西部に与えられた。
これを読んで私は、宮家は、宮号(権威)・所領(経済力)・屋敷(実行能力) によって独立単位をなしている、と考えた。