【月の歌】「山川異域、風月同天」から【2020/2/9】

【月の歌】「山川異域、風月同天」から【2020/2/9】

こんにちは、高木です。本日は、2020年 2月 9日です。

中国・湖北省武漢を中心とした新型肺炎の猛威が続いていますが、2月1日頃に中国のSNSで話題になった言葉が、「山川異域、風月同天」です。

中国語資格のHSK・漢語水平考試(かんごすいへいこうし)日本事務局から湖北に送られた支援物資の段ボール箱に書かれていた言葉で、次の漢詩の一節です。

山川異域 風月同天
寄諸仏子 共結来縁

山川(さんせん)域(いき)を異(こと)にすれども 風月(ふうげつ)天(てん)を同(おな)じうす

諸(これ)を仏子(ぶっし)に寄(よ)す 共(とも)に来縁(らいえん)を結(むす)ばん

(山川異域 風月同天 | SH_04Fさんの掲示板 | マイネ王)

この漢詩は、天武天皇の孫、長屋王が中国・唐の国に送った袈裟千着に刺繍されていた詩であり、この詩を見て後に奈良に唐招提寺を開く鑑真が来日を決意したとされます。

「山川異域、風月同天」。この詩において、月は空間を超えて人と人をつなげるものです。

つまり、
 人☆ | 空間☆ | 時間= (=:同じ ☆:異なる)
です。

それでは、この歌はどうでしょう:

天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に いでし月かも ―― 阿倍仲麻呂

『古今集』・小倉百人一首にも選ばれています。遣唐使で、中国皇帝に気に入られ唐の役人になった・阿倍仲麻呂が日本への帰国を前に中国で詠んだ歌で、この歌で仲麻呂が思っているのは、昔、奈良で自分が見た月です。

この詩において、月は、同じ人を、空間と時間を超えてつなげるものです。

つまり、
 人= | 空間☆ | 時間☆ (=:同じ ☆:異なる)
です。

なお、阿倍仲麻呂は、船の漂流で日本への帰国に失敗しますが、船違いで同じタイミングの中国発日本便に乗っていた鑑真は日本にたどり着きます。

ここで、復習しましょう。

(=:同じ ☆:異なる)
人= | 空間☆ | 時間☆ 「天の原~」
人☆ | 空間☆ | 時間= 「山川異域、風月同天~」山川(さんせん)域(いき)を異(こと)にすれども 風月(ふうげつ)天(てん)を同(おな)じうす

月が異なる空間・時間の同じ人を結んでいる歌
月が同じ時間、異なる空間の人を結んでいる歌

です。

意味のある組み合わせを全パターン列挙するとこのようになります。

(=:同じ ☆:異なる)

(1) 人☆ | 空間☆ | 時間☆
(2) 人= | 空間☆ | 時間☆「天の原~」
(3) 人☆ | 空間= | 時間☆
(4) 人☆ | 空間☆ | 時間=「山川異域~」
(5) 人☆ | 空間= | 時間=
(6) 人= | 空間☆ | 時間=
(7) 人= | 空間= | 時間☆

それぞれについて、対応する歌を見ていきましょう:

(1) 人☆ | 空間☆ | 時間☆
(=:同じ ☆:異なる)

月が異なる空間・時間の人を結んでいる歌です。

春日にて、月明るくあはれなりければ

ふりさけし人の心ぞ知られぬる今宵三笠の山をながめて

西行『山家集』より。西行、つまり佐藤 義清(さとう のりきよ)の歌です。

西行は、この歌を詠むにあたり、阿倍仲麻呂が、中国で、過去に詠んだ「天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に いでし月かも」を思い出しています。

(2) 人= | 空間☆ | 時間☆
(=:同じ ☆:異なる)

月が異なる空間・時間の同じ人を結んでいる歌です。

これは先に紹介しました:

天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に いでし月かも ―― 阿倍仲麻呂
『古今集』

(3) 人☆ | 空間= | 時間☆
(=:同じ ☆:異なる)

月が同じ空間、異なる時間の人を結んでいる歌です。

みちのくにへ修行してまかりけるに、白川の関にとまりて、所がらにや常よりも月おもしろくあはれにて、能因が、秋風ぞ吹くと申しけむ折、いつなりけむと思ひ出でられて、名残おほくおぼえければ、関屋の柱に書き付けける

白川の 関屋を月の もる影は 人のこころを とむるなりけり

(その他の「修行」歌について(2))

西行『山家集』より。

西行は、この歌を詠むにあたり、能因(のういん)が、同じ白川の関で、過去に詠んだ「都をば 霞とともに たちしかど 秋風ぞふく 白河の関」を思い出しています。

(4) 人☆ | 空間☆ | 時間=
(=:同じ ☆:異なる)

月が同じ時間、異なる空間の人を結んでいる歌です。

長屋王が送った袈裟千着に刺繍された

山川異域 風月同天
寄諸仏子 共結来縁

山川(さんせん)域(いき)を異(こと)にすれども 風月(ふうげつ)天(てん)を同(おな)じうす

諸(これ)を仏子(ぶっし)に寄(よ)す 共(とも)に来縁(らいえん)を結(むす)ばん

は、先に紹介しました。

漢詩では、次の方が有名でしょう。

白居易の「八月十五日夜、禁中独直、対月憶元九」(八月十五日の夜、禁中に独り直(とのゐ)し、月に対して元九(げんきう)を憶(おも)ふ) です。

銀臺金闕夕沈沈  銀台 金闕 夕べに沈沈 (ぎんだいきんけつゆうべにちん ちん)
獨宿相思在翰林  独り宿り 相思ひて翰林(かんりん)に在り (ひとりやどり あひおもひてかんりんにあり)
三五夜中新月色  三五夜中 新月の色 (さんごやちゅう しんげつのいろ)
二千里外故人心  二千里の外 故人の心 (にせんりのがい こじんのこころ)
渚宮東面煙波冷  渚宮の東面に煙波(えんぱ)は冷かに (しょきゅうのとうめんに えんぱはひややかに)
浴殿西頭鍾漏深  浴殿の西頭に鐘漏は深し (よくでんのせいとうに しょうろうはふかし)
猶恐淸光不同見  猶ほ恐る 清光は同じく見ざるを (なほおそる せいこうはおなじくみざるを)
江陵卑湿足秋陰  江陵は卑湿にして 秋陰足(おほ)し (こうりょうはひしつにして しゅういんおほし)

【通釈】銀の楼台、金の楼門が、夜に静まり返っている。
私は独り翰林院に宿直し、君を思う。
十五夜に輝く、新鮮な月の光よ、
二千里のかなたにある、旧友の心よ。
君のいる渚の宮の東では、煙るような波が冷え冷えと光り、
私のいる浴殿の西では、鐘と水時計の音が深々と響く。
それでもなお、私は恐れる。この清らかな月光を、君が私と同じに見られないことを――。
君のいる江陵は土地低く湿っぽく、秋の曇り空が多いのだ。

(白氏文集卷十四 八月十五日夜、禁中獨直、對月憶元九: 雁の玉梓 ―やまとうたblog― , 『八月十五日夜、禁中独直、対月憶元九』書き下し文・現代語訳(口語訳)と文法解説 白居易 / 漢文 by 走るメロス |マナペディア|)

和歌でも、このような歌はたくさんあります。『和泉式部日記』に、次の歌があります。

夜 式部のもとを訪ねてきたものの、式部の家の応対がないので帰ってしまった宮に宛てて、式部が次の日の朝に詠んだ歌です:

われならぬ 人もさぞ見む なが月の 有明の月に しかじあはれは

よそにても 同じ心に有明の 月を見るやと 誰に問はまし

 ――『和泉式部日記』

(5) 人☆ | 空間= | 時間=
(=:同じ ☆:異なる)

月が同じ時間、空間の人を結んでいる歌です。

月夜よし河音清けしいざここに行くも去かぬも遊びて帰かむ ―― 大伴四綱
『万葉集』
(つくよよし かはのおときよし いざここに ゆくもゆかぬも あそびてゆかむ)

太宰府の防人佑(さきもりのすけ)から都に帰ることになった大伴四綱(よつな)が餞別の宴の席で詠んだ歌です。
『万葉集』に収録されています。

(6) 人= | 空間☆ | 時間=
(=:同じ ☆:異なる)

一人の人が、同時に2箇所にいることはできませんから、これはあり得ませんね。

(7) 人= | 空間= | 時間☆
(=:同じ ☆:異なる)

月が異なる時間の同じ空間の同じ人を結んでいる歌です。

深草の 里の月かげ さびしさも すみこしままの 野べの秋風 ―― 源 通具
『新古今和歌集』

草深く繁った深草の里、そこを照らす月の光――久々に帰って見れば、月は昔のままで、野辺を吹く秋風の淋しさもまた、私がここにずっと住み、月も常に澄んだ光を投げかけていた、あの頃のままであったよ。

(源通具 千人万首)

源 通具(みなもとのみちとも)の『新古今和歌集』に収録された歌です。

まとめ。月は、人と人を、空間と時間を超えてつなげるものです。

***

最後に、『和泉式部日記』の作者・和泉式部が兵庫県姫路の書写山で読んだと伝えられている和歌には次の2通りがあります:

暗きより暗き道にぞ 入りぬべき 遥かに照らせ 山の端の月
くらきより くらきみちにそ いりぬへき はるかにてらせ やまのはのつき

暗きより暗き闇路に 生まれきて さやかに照らせ 山の端の月
くらきより くらきやみぢに うまれきて さやかにてらせ やまのはのつき

月は、遥かに そして さやかに(清かに・明かに)照らすものです。

最後まで、ご試聴ありがとうございました。

* * * *

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