理想に拘泥した国力の使用は非常に危険

半藤 一利, 御厨 貴, 磯田 道史, 保阪 正康 : 「昭和天皇実録」の謎を解く (文春新書, 2015) p.184.

若槻[禮次郞]は、自存自衛のためならば敗戦を予見し得ても立つ必要あるも、大東亜共栄圏の確立等の理想に拘泥した国力の使用は非常に危険につき、聖慮を煩わしたき旨を言上する。

昭和天皇実録 昭和16年11月29日の項

月の歌

去る2015年 9月27日は中秋の名月でした。そして、次の日の28日は、満月でした。

しかも、2015年の月の地球最接近であり、最大の満月でした。

この月をまだ低いうちに見ましたが、大きく、黄金色の月で、見た価値がある、と感じました。

次の日、29日は、十六夜。月が南中する月天心に、空を見ました。ただ、月が明るすぎて、風情は少し足らなかったです。

邵康節「清夜吟」 | 自習ブログ

 清夜吟      邵康節

月到天心処。  月天心に到る処
風来水面時。  風水面に来る時
一般清意味。  一般の清意の味
料得少人知。  料り得たり人の知ること少なるを

月が天の正中に到る処
風が水面に吹き来る時の
このさわやかな感覚は
人の知ることまれであろうと推し量りえた

(1)

さて、月といえば、この歌です:

天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に いでし月かも ―― 阿倍仲麻呂

この歌で仲麻呂が思っているのは、昔、奈良で自分が見た月です (「三笠の山に いで月」)。

つまり、
 人 :同じ
 場所:異なる
 時間:異なる
です。

この考え方で、月の歌を探しましょう。

(2)

 人 :異なる
 場所:同じ
 時間:異なる

西行「山家集」より

その他の「修行」歌について(2)

  みちのくにへ修行してまかりけるに、白川の関にとまりて、所がらにや常よりも月おもしろくあはれにて、能因が、秋風ぞ吹くと申しけむ折、いつなりけむと思ひ出でられて、名残おほくおぼえければ、関屋の柱に書き付けける

09 白川の関屋を月のもる影は人のこころをとむるなりけり
   (岩波文庫山家集129P羈旅歌・新潮1126番・西行上人集・山家心中集・新拾遺集・後葉集・西行物語) 

西行は、「白川の」の歌を詠むにあたり、能因の「都をば霞とともにたちしかど秋風ぞふく白河の関」を思い出しています。

(3)

 人 :異なる
 場所:異なる
 時間:同じ

白氏文集卷十四 八月十五日夜、禁中獨直、對月憶元九: 雁の玉梓 ―やまとうたblog―

八月十五日の夜、禁中に独り直(とのゐ)し、月に対して元九を憶(おも)ふ  白居易

銀臺金闕夕沈沈  銀台 金闕 夕べに沈沈
獨宿相思在翰林  独り宿り 相思ひて翰林(かんりん)に在り
三五夜中新月色  三五夜中 新月の色
二千里外故人心  二千里の外 故人の心
渚宮東面煙波冷  渚宮の東面に煙波(えんぱ)は冷かに
浴殿西頭鍾漏深  浴殿の西頭に鐘漏は深し
猶恐淸光不同見  猶ほ恐る 清光は同じく見ざるを
江陵卑湿足秋陰  江陵は卑湿にして 秋陰足(おほ)し

【通釈】銀の楼台、金の楼門が、夜に静まり返っている。
私は独り翰林院に宿直し、君を思う。
十五夜に輝く、新鮮な月の光よ、
二千里のかなたにある、旧友の心よ。
君のいる渚の宮の東では、煙るような波が冷え冷えと光り、
私のいる浴殿の西では、鐘と水時計の音が深々と響く。
それでもなお、私は恐れる。この清らかな月光を、君が私と同じに見られないことを――。
君のいる江陵は土地低く湿っぽく、秋の曇り空が多いのだ。

和泉式部日記 「式部」による

BROKEN MOON -和泉式部と王朝恋歌- > 和泉式部日記 夢よりも儚き > 9月

我ならぬ人もさぞ見ん長月の有明の月にしかじあはれは

よそにても同じ心に有明の月を見るやと誰に問はまし

(4)

 人 :異なる
 場所:同じ
 時間:同じ

和泉式部日記 「宮」による

BROKEN MOON -和泉式部と王朝恋歌- > 和泉式部日記 夢よりも儚き > 9月

我ならぬ人も有明の空をのみ同じ心にながめけるかな

よそにても君ばかりこそ月見めと思ひてゆきし今朝ぞ悔しき

(3)で紹介した「式部」の歌に対し、「宮」が返した歌です。実は、「宮」は「式部」の家まで来ていたのですが、門が開かず会えなかったのです。

(5)

 人 :同じ
 場所:異なる
 時間:同じ

これは、物理的にあり得ませんね。

(6)

 人 :同じ
 場所:同じ
 時間:異なる

例えば月の名所を再び訪れて詠んだ歌があると思ったのですが、このような歌は、見つけられませんでした。

最語に

月々に月見る月は多けれど 月見る月はこの月の月 ―― よみ人知らず

暗きより暗き闇路に生まれきて さやかに照らせ山の端の月 ―― 和泉式部

信長の17条の意見書


足利義昭 – Wikipedia (2015年5月30日 (土) 01:49 の版)

元亀3年(1572年)10月、信長は義昭に対して17条の意見書を送付した

弾劾状

創造と忍耐

創造力は無限ではない、貴重である。そして重要である

対して、忍耐力は、創造力ほどは、貴重でなく、重要でない。

創造と忍耐は、見かけ同じような成果を生むが、その価値は大きく異なる。

日露戦争前の「臥薪嘗胆」において、自国より強い敵国に勝つため、国民には創造が促された

大東亜戦争時の「ほしがりません勝つまでは」において、自国より弱いと認識する敵国に勝つため、国民には忍耐が促された。

「日本のいちばん長い日」(2015)鑑賞メモ

玉音放送までの過程、特に宮城事件が描かれた 映画「日本のいちばん長い日」(2015) を鑑賞してきました:

「日本のいちばん長い日」(2015)鑑賞メモ – Togetterまとめ

Facebook 2015/ 8/22

関連:
1945年8月15日「日本の一番長い日」 – Togetterまとめ
1945年8月14日、二度目の御聖断、下る – Togetterまとめ
8/10、御聖断下る – Togetterまとめ

昭和二十年八月十日陸軍大臣訓示

強靱化と経済

強靱化は、経済的親和性をもって実現していっている:

ブラタモリSP東京駅 7/20(8)歌舞伎座地下の空間活用: ブラタモリ ロケ地研究室

昼間はたくさんのお店が並ぶ、歌舞伎座の地下は、夜間にはすべてのお店が片付けられて、広い空間になる。災害時には3000人を収容可能な避難施設になる。

燃料電池車(FCV)/電気自動車(EV)を非常用電源(蓄電池/発電機)として使う実証実験開始 | HV・EV・FCV・エコカー – エコノミックニュース

FCVやEVは、非常時には、電源になる。

安保法制(政府案)の衆議院通過に関して

註: 本文章は、2015年 7月18日に書かれた:

私の考えは、防衛政策に対する、国民のこれまで以上の関与が必要になる、というものである。

詳細は、1年前の閣議決定「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」の発表をうけて書いた

  国民の防衛政策への関与

を参照のこと。国民(の統合体)が、意義のある速度で、防衛に関して判断できる状況が確固として実現するために必要な、国民の素養・能力の一助として、

  軍事・安全保障に関する知識のメモ

も公開した。

加えて、今回、以下の思索に至った:

先の大戦前夜における軍の卓越のひとつの原因になったのは、帝国憲法において内閣総理大臣及び内閣の規定がないという点であった。軍は帝国憲法に規定され、内閣総理大臣及び内閣は帝国憲法に規定されなかった(日本国憲法の逆である)。

当初は問題なかったが、帝国憲法成立期を知る元老が力を失うと(1924年以降、元老は西園寺公望の一人だけになった)、軍が抑制されない一つの原因になった。

ここで、注視すべきは、当初の議論を記憶する権力者・権威者がいなくなった際に、制度が意図しない運用をされることである。

これを避けるために、将来に渡って国民は、防衛を考え続けなければならない。そして、それを支えるべく、現在の国民は、書かなければならないのである(望むべくは、将来に読まれるに資する文章を)。

補足:
今回の安保法制は、憲法改正を踏まずに構築される。憲法改定が極めて困難な現状(この現状は、現在・将来の国民にとって好ましくない)を鑑みるに、今回の安保法制により、最善のやり方ではないが、安保法制が不十分であるいう最悪を脱し得る。将来の国民及び統治は、法に則った自由度を獲得する。

初出: Facebook 2015/ 7/18

日本古来の箇条書き

兵庫県高砂市の高砂市総合運動公園にある高砂市民スポーツ憲章の碑は、「1 1 1」という箇条書きである(リスト構造)。

日本古来の箇条書きには、2種類があり、ひとつは「一 二 三」、もうひとつは「一 一 一」である。「一 二 三」は、聖徳太子の十七条憲法に代表される公家の様式、「一 一 一」は、鎌倉時代の御成敗式目に代表される武家の様式である。

高砂市民スポーツ憲章は、後者の変形である。

初出:
Facebook 2015/ 5/ 1

平等と公平

● 平等:
equality, sameness [*]

個人の資質、能力、努力、成果に関係なく一定の規則通りに遇するシステムとなっていること。 [**]

● 公平:
equity, fairness [*]

すべての人に対し、機会が均等に与えられており、成果を上げた者が評価され、報われるシステムとなっていること。 [**]

参考文献:
* 【追記あり】「平等」と「公正」の大きな違いが1秒で納得できる画像 | BUZZAP!(バザップ!)
** 平等と公平論

** より、

世界では100年あまり前に国家レベルで、「すべての人間は平等でなければいけない」ということで共産主義という考え方が生まれ、かなりな数の国で「平等実験」が行われました。結果はそれらの国すべての経済体制が破綻し、人間は「平等」という考え方で集団をつくると殆どの人が「最も低い能力の者に合わせた力を発揮する集団」になるということが判りました。考えてみれば当然でしょう。うんと働いても少ししか働かなくても報酬が同じならば、多くの人間はだんだん働かなくなる方向へ行くのは目に見えています。

下級管理者は現状維持的である


似鳥 昭雄 : 私の履歴書 23. 日本経済新聞 (2015/ 4/23 朝刊) 40面.

トップは長期的な視点で考える。社長業とは社員という「抵抗勢力」との闘いでもあると痛感している。