携帯機器への充電という日々の課題――変化する、人間とエネルギーの関係・個人と社会インフラの関係

出張で同じだった T氏は、宿がカプセルホテルでもいいが、カプセル内に電源コンセントがないのは論外なのだそうだ。人は、寝床に携帯機器の充電機能を強く求めるようになった。

人は(人が人であるためには)、外部エネルギー源を必要とする生物である

人が松明(たいまつ)・ランプ・カンテラを持たなくなってから、携帯電話が普及するまで、外部エネルギーの使用機器は、定置式であった。

現在は、高度な機能を携帯できるまでの小型化、省エネルギー化とバッテリーの性能向上により、スマートフォンをはじめとした携帯機器が実現・普及した。携帯機器においても外部エネルギーは使用される。携帯機器への充電は、一定の地位を占める日々の課題である。

私たちは、自分の腹の空き具合と同様に、携帯機器のバッテリー残量を気にしなくてはいけない。

 ・携帯機器そして、そのバッテリーが、個人の所有物であり、

 ・携帯機器の稼働状態が、個人の能力(:携帯機器の能力も含めた総合的能力)を増減させる

のであるから、そうなるのは当然である。

電源の確保問題(:電力会社にとっては、配電の問題)は、これまで電力会社や建設業者が解決してきた課題、新しい電気機器を導入する際の一過性の課題であった。これが、個人にとっての永続的な課題になることは、個人と社会インフラの関係を変化させるだろう。

電力会社による大送配電網という社会インフラへの依存を意識した人々は、その依存を深める個人と、依存を弱めようとする個人の2種類に分かれるだろう。つまり、社会インフラの、いままで機械的だった部分に、人間集団による思想が組み込まれることになる。