社会 3篇

 

 

宣言

世界は、泡沫(うたかた)である。我々は生き残り、将来の秀でた人のために理論を、一般の人のために実例を、優れた形態で残すことにより、人類の累積性を高め、将来の人類の生き残りを図るべきである(それによって、また人類の累積性が高まる)。

我々は、可能な限り前進する。将来の人類は、さらにはるかに前進するであろう。

ホロコースト

ドイツ第三帝国のユダヤ政策は、もとは、より緩やかな卑民政策であった。すなわち、国外移住政策であった。

好んで住み慣れた土地を離れたがる人間はいないものです。… アメリカ開拓には卑民政策という側面があった。いや、それが、本質といってよい。

しかし、ドイツ第三帝国は、ソビエト連邦領土を得られず、マダガスカル(マダガスカル計画)も一度は手にした(仏ヴィシー政権)ものの、イギリスと自由フランスに奪取された。

ゲットーは、ユダヤ人の富の搾り取りと緩慢な絶滅の手段として、すでに存在したものの、それは、あくまで、移動のための一時的な集積拠点であった。移動先の目処がつかなくなり、その後、ユダヤ政策は、強制収容所による労働を通じた絶滅、絶滅収容所のよる直接的な絶滅(ラインハルト作戦)の政策になる。

ホロコースト – Wikipedia

敬意・敬語


「いただきます」とは、食品に関わる非特定の対象(調理者、サプライチェーン、農家、地球、太陽。屠殺された生命。そして、食文化・食器・刃物・調理エネルギー・食糧生産システムに関わる全て)への敬意・敬語である。

特定あるいは非特定の対象への敬意あるいはその表現は、複雑な世を単純な見かけにする方法である。敬意を示せない者は、世の複雑さを知らない(そのような者は、いざという時に、高度なレベルの単純化ができない)。

例えば、

(1) 敬語は、主として、目下の者が目上の者に、意思を伝えるために使われる。

目上・目下とは秩序であり、目下の者は、秩序によって拘束もされつつ、守られている。また組織に属することにより、目下の者は、利益を得ている。秩序・組織は複雑である。この複雑さのなかで、目下の者が目上の者に意思を伝えるための道具が敬語である。敬語という言い換えの規則に従えば、複雑さによる縛りは大いに緩くなり、即ち、単純な見かけとなり、目下の者は、発言を許可されるのである。

(2) ある敬意は、安定のために払われる計上されないコストに対し、払われる。

安定のために払われるコスト(トラブルの未然防止・早期復旧、責任所掌を超えた価値の作り込み、など)を金銭的に扱おうとすれば、採算が成立しない場合がある。それでも事業が実施されている場合、そのようなコストの無視と敬意によって、採算が成立している。そして消費者は、その事業を単純に、他の事業と同列に見ることができる。

敬意がなくては、単純な事業に見かけがならず、その事業によるサービスを受けるのに条件が付くなど複雑化する。

アジアにおける「フランス革命」と「自由と繁栄の弧」、役割を変容させて2度目の働きをする日本

フランス革命初期における革命家たちの言に、私は、「八紘一宇」をみた:

安達 正勝 : 物語 フランス革命 バスチーユ陥落からナポレオン戴冠まで (中央公論新社, 2013〈底本は中公新書(2012)〉) No.226/4054.

(アナカルシス・クローツのコルドリエ・クラブでの演説)

人々はボルドーからストラスブールに行くのと同じように、パリから北京へと行くだろう。船の連なる大洋が沿岸を結ぶだろう。東洋と西洋は連盟公園で抱擁しあうだろう。

これが実現したのは、大東亜戦争後のアジア諸国の独立後であった。すくなくとも、アジア諸国の独立が成って、はじめて実現可能なのであった。

ここから、私は、次のように考えた:

アジアにおける「フランス革命」の前半において、その主体となったのは、日本であった。

大きな出来事は、明治維新(日本における近代国家の成立、日本国民の自覚の誕生)と大東亜戦争(アジア植民地体制の破壊)である。振り返れば、日本(大日本帝国)は、東洋の革命国家であった。

アジアにおける「フランス革命」の後半は、アジア人の手によって行われた。日本は、経済(実)を成長させ続け、同時に、環境問題などの課題解決を続けてきた。

今、日本は、価値観外交――普遍的価値(自由、民主主義、基本的人権、法の支配、市場経済)に基づく「価値の外交」――という考えのもと、「自由と繁栄の弧」政策を進めている。

欧州における「フランス革命」とアジアにおける「フランス革命」により価値観を同じくする、
 ・経済と課題解決の経験の大国であるEUと日本
 ・高度成長するインド・アジア
が強固に結ばれた姿は、フランス革命の当初に革命家たちが願った姿であり、それは人類普遍に願われた一つの姿である。

人による人の絶滅、マオリ族によるモリオリ族の絶滅

ジャレド・ダイアモンド=著, 倉骨 彰=訳 : 銃・病原菌・鉄 (上) (草思社文庫, 2012) pp.95-96.

 一八三五年十一月十九日、ニュージーランドの東五〇〇マイル(約八〇〇キロ)のところにあるチャタム諸島に、銃や棍棒、斧で武装したマオリ族五〇〇人が突然、舟で現れた。十二月五日には、さらに四〇〇人がやってきた。彼らは「モリオリ族はもはやわれわれの奴隷であり、抵抗する者は殺す」と告げながら集落の中を歩きまわった。数のうえで二対一とまさっていたモリオリ族は、抵抗すれば勝てたかもしれない。しかし彼らは、もめごとはおだやかな方法で解決するという伝統にのっとって会合を開き、抵抗しないことに決め、友好関係と資源の分かち合いを基本とする和平案をマオリ族に対して申し出ることにした。

 しかしマオリ族は、モリオリ族がその申し出を伝える前に、大挙して彼らを襲い、数日のうちに数百人を殺し、その多くを食べてしまった。生き残って奴隷にされた者も、数年のうちにマオリ族の気のむくままにほとんどが殺されてしまった。チャタム諸島で数世紀のあいだつづいたモリオリ族の独立は、一八三五年十二月に暴力的に終わりを告げたのである。モリオリ族の生き残りは、そのときの様子をこう話している。「(マオリ族は)我々をまるで羊みたいに殺しはじめました。……(われわれは)恐れ、藪に逃げ込み、敵から逃れるために地べたの穴の中やいろいろな場所に身を隠しました。しかし、まったくだめでした。彼らはわれわれを見つけては、男も女も子供もみさかいなく殺したのです」。

ワンオフな時代と私の思索の対象

現在は、ワンオフな時代である。

過去の知識は急速に通用しなくなり、道具の進歩は極めて速い。西暦 1000年に生まれた人と西暦 1020年に生まれた人の人生はほぼ同じだっただろうが、西暦 1970年に生まれた人と西暦 1990年に生まれた人の人生は全く異なるだろう。

よって、世代という視点だけでも、世界は、複雑化している。

この複雑化を、スケールメリットをもった大きなまとまりを維持しながら、うまく活かす国(ただし、国だけ限らない)が栄え、生き残る。そして、それができない国は没落する。そして、没落した国の国民からは、安全・安心が奪われるだろう。

これまでは、国民の代表者(政治においても、経済活動においても)が、国民の意志を代弁し得ていた。しかし、ワンオフな時代には、国民の代表者は、国民の意志をカバーし得ない。国民の代表者が送った人生は、その20年後に生まれた人が送る人生を近似しない。国民の代表者が自分の20年前に何を考えていたのか思い出しても、それは、その20年後に生まれた人が今考えていることを近似しない。

今までどおりの〈国民の代表者〉制度による意思決定では、大きな検討漏れが生じる。今までどおりでは、世界の複雑化を活かせず、国は没落する。

そこで考えなければならない事柄が、「権力を分散して物事を進めるシステム」である。そして、それが「非常に貴重なもの」であることに留意しなければならない。

権力を分散して物事を進めるシステムっていうのは、非常に貴重なものであって大事にしていかなきゃいけないものと思う。
――権力を分散して物事を進める仕組み – アンカテ 抜粋

「非常に貴重なもの」であるということは、新たなものを創造してもそれがうまく機能する確率が非常に低いということだ。しかも、これは、現在の問題の現実の問題である。大きな失敗は許されない。急進を採用できないのである。

「非常に貴重な」「権力を分散して物事を進めるシステム」を現実的に改良し、世界の複雑化を活かせるシステムにすること――現在の私の思索の対象である以下を、まとめて表現するならば、これである。

「空気」を排した首脳部の図から見いだせる国民の役割

国民の防衛政策への関与

「空気」を排した首脳部として、以下の図を挙げた:

[首脳部の他の構成員]
  ↑
共感しない
  ↓
[首脳部構成員]━━━━━━━━━━━━━━━━━━共感━━[他国首脳部・他国国民]
確率・統計への正確な認識  論理的な明晰さ  知識
┃   ┃
┃   ┃ *1 政治的に国民の代表である首脳部構成員は、国民と共感すべきである。
共感 共感
┃   ┃ *2 特定の国民との共感に支配されず、また共感していない大部分の国民の意思を
┃   ┃ 考慮するため、確率・統計への正確な認識が重要である。
┃   ┃
[国民] [国民] [国民] [国民] [国民]

この図から、国民に、以下の役割を見いだせる:

(1) 首脳部構成員の用に立つ集合知を生産すること。

集合知が成立するためには、国民の意見が多様でなければいけない。そして、それ以前の前提として、国民は、無知・短慮・漫慮ではいけない。

スコット・ペイジ=著, 水谷 淳=訳: 「多様な意見」はなぜ正しいのか 衆愚が集合知に変わるとき (日経BP社, 2009) p.211.

 これら四条件――(1)問題が難しくなければならない。(2)人々が賢くなければならない。(3)人々が多様でなければならない。(4)大きな母集団からある程度の大きさのグループを選ばなければならない――は、多様性が能力に勝るための十分条件である。この結果が成り立つために必要な条件というだけでなく、これらが満たされれば多様性は能力に勝るのである。

 多様性が能力に勝る定理: 条件1から4が満たされれば、ランダムに選ばれたソルバーの集団は個人で最高のソルバーからなる集団より良い出来を示す。

この定理は単なる比喩でもないし、…。論理的な真理なのだ。 [太字は、ブログ記事著者による]

スコット・ペイジ=著, 水谷 淳=訳: 「多様な意見」はなぜ正しいのか 衆愚が集合知に変わるとき (日経BP社, 2009) p.425.

 民主制が機能するには、人々が適度に正確で多様なモデルを持たなければならない。 [太字は、ブログ記事著者による]

(2) 首脳部構成員の論理的・知識的水準が高く担保されるよう、国民自身も確率・統計への正確な認識、論理的な明晰さ、知識の水準を高くもつこと。

首脳部構成員は、首脳部の他の構成員との間で切磋琢磨することはもちろんのこと、国民の間で切磋琢磨されて、その論理的・知識的水準が高く担保される。

そのためには、国民は、確率・統計への正確な認識、論理的な明晰さ、知識の水準を高くもたねばならない。国民のこれらの水準が高ければ高いほど、首脳部構成員の水準も高くなる。

(3) 累積性を実現すること。

上図では、国民どうしが分散しているが、知識を国民全体として累積させ、各々の国民が利用できるようにしなければならない。

国民の防衛政策への関与

「空気」を排した首脳部

国民の防衛政策への関与

大東亜戦争の開戦にあたり、我が国首脳部を「空気」が支配したことが知られている(山本 七平「「空気」の研究」猪瀬 直樹「空気と戦争」)。「空気」の支配を排した、防衛政策決定の仕組みを考えてみる。

「空気」の本質は、感情移入(共感)である。感情移入状態では、個別と一般の確率を同じだと認識してしまう非論理に陥りやすい。感情移入は、「AならばB」ならば「BならばA」だと誤って結論する、人間の性質である刺激等価性の働きに依るものであり、即ちその機序(メカニズム)そのものも非論理である。

よって、首脳部において「空気」の支配を排するためには、首脳部構成員は、共感を排し、確率・統計について正確に認識し、「AならばB」と「BならばA」を区別できるよう論理的に明晰でなければならない。

共感を排することについて詳しく書くと、首脳部構成員は、首脳部の他の構成員との共感を排しなければならない。

首脳部構成員は、他国首脳部・他国国民に対して、共感、すなわち思考を読まなければならない。

また、政治的に国民の代表である首脳部構成員は、国民と共感すべきである。

図にすると、以下になる:

[首脳部の他の構成員]
  ↑
共感しない
  ↓
[首脳部構成員]━━━━━━━━━━━━━━━━━━共感━━[他国首脳部・他国国民]
確率・統計への正確な認識  論理的な明晰さ  知識
┃   ┃
┃   ┃ *1 政治的に国民の代表である首脳部構成員は、国民と共感すべきである。
共感 共感
┃   ┃ *2 特定の国民との共感に支配されず、また共感していない大部分の国民の意思を
┃   ┃ 考慮するため、確率・統計への正確な認識が重要である。
┃   ┃
[国民] [国民] [国民] [国民] [国民]

国民の防衛政策への関与

国民の防衛政策への関与の基本

国民の防衛政策への関与

国民の防衛政策への関与の仕方を考える。

・安定した最高指揮官・最高指揮機関による指揮の統一
・戦略的(全体的・長期的)観点に立った判断 (時に、肉を切らせて骨を断つ判断)
・機密保持の必要性

を考慮するに、防衛政策に関する国民の意見をまとめる仕組みに、急進的な仕組みはそぐわない。

そこで、仕組みとしては従来からの仕組みを使用し、国民の強化が国の強化につながる、という考え方を基本に据える。

すなわち、国民の防衛・安全保障に関する素養を上げ、短慮・慢慮を排除し、また健全な民主主義を維持する中で、間接的に、政府の最高指揮の質と能力を高めて、複雑化する国際情勢に対処し、国民に安全と安定をもたらす国の継続的存立を実現する。

・国民においては、防衛・安全保障に関する素養の向上、短慮・慢慮の排除

・健全な民主主義 (多くの事例と検証を経ながら、改良していく)

・政府においては、最高指揮官・最高指揮機関としての資質に欠けることのないこと

・文民統制

・防衛省・自衛隊においては、よく現実に鍛えられ、よく教育され、よく考え、優れていること。

国民の防衛政策への関与