学者の社会に向けた主張は現状維持的になりがちである

学者の社会に向けた主張は現状維持的になりがちである2015年5月17日に実施された大阪市の特別区設置住民投票では、京都大学の 藤井 聡 氏を中心に学者による主張がなされました。これまでに、およそ無かったことなので、学者の社会的な主張にはどのような傾向があり、どう受入れるべきか、有権者に経験がなかったと考えられます。

 「大阪都構想の危険性」に関する学者所見|藤井 聡

ここで、私が以前書いた、「天理」・「地理」・「人理」を紹介します:

学問は、「天理」・「地理」・「人理」を行き来する行為です。

学者たちが目指すのは「天理=普遍的な理論」ですが、そのためには「地理=特定条件における一般性質」を見つけていく必要があります。革新的なアイデアは、学者の発想(不明推測法((アブダクション))の起点)に依存します――これは「人理」です。

● 学者は、将来に関して「地理」・「人理」に重きを置けず、現状を変えるリスクを過大評価し、その社会的な意見は現状維持的になりがちである

学者が将来に関する 社会に向けた主張を表明するときに、現状を変えるリスクを過大評価する傾向があると考えられます。

現状を変えるリスクは、「天理」の前に、リスクのまま解決されず、悪いもののままです。リスクをプロフィット(利益、良いもの)に変換するのは、「地理」・「人理」の作用ですが、将来に関して、「地理」・「人理」に学者は重きを置けません。

なぜならば、「地理」・「人理」は、将来に関して、間違えずに説明しにくいからです(対して、過去・現状に関して、それらは歴史・実証として、間違えずに説明できます)。

結果、現状を変えるリスクが解決されないものとして残存し、過大評価されます。

したがって、学者の将来に関する 社会に向けた主張は、現状維持的になる傾向にある、と考えられます。

マルクス=エンゲルス共著の『ドイツ・イデオロギー』(1845~46)は次のように締めくくられている。「哲学者たちは世界をたださまざまに解釈してきただけである。しかし肝腎なのはそれを変えることである」(真下信一訳) ―― 梶井厚志 : 戦略的思考の技術 (中公新書, 2002) p.93.

● 政治・統治は、「人理」「地理」において行われる

人と人との間のあらゆる調整、すなわち広い意味での政治は、「人理」です。

議会・政府・選挙などを手段とした統治のための知的行為、すなわち狭い意味での政治は、「人理」を知的行為の中心として、「地理」をその出力とします。

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