「バック・トゥ・ザ・フューチャー パートIII」のインディアンは、“コードトーカー”ナバホ族 (本物)。
2:52~
「バック・トゥ・ザ・フューチャー パートIII」のインディアンは、“コードトーカー”ナバホ族 (本物)。
2:52~
フランス・ルーアンのホテルは、2軒とも、朝食がバイキングであった。そして、内容がほぼ同じ。パンは、クロアッサン・チョコ入りのパイ生地のパン・他。シリアル。冷たいおかずで、チーズとハム・セサミ。温かいおかずで、スクランブルエッグと炒めたベーコン。ヨーグルト。オレンジジュース・グレープフルーツジュース・コーヒー。なお、生野菜は無い。片方は、小さめのトマトを丸ごと茹でたのがあった。
フランスに滞在して感じたのが、コンビニ・ファストフード店のインフラ性である(日本のコンビニ店主には怒られるだろうが)。フランスは宗教的に夜間労働に厳しいそうで、コンビニがない。レストランだけでは、メニューを読み取り、会話して注文して、数十ユーロ払わないと飢えてしまう。
フランス人は、男同士は握手をし、男女は恋仲でなくても頬を寄せる。
フランス人は多人種だ。スポーツの世界や、テレビのなかのポリィティカルコレクトの世界だけでなく、現実世界がそうである。
2019年に フランス・ルーアンに滞在して思ったこと。
1日目。夜に到着。連接バス、長連結・地下区間有りのフルスペックなLRTが走っていて、公共交通の充実に先進性を感じる。
ルーアンの公共交通機関(メトロ・路面電車・バス)(フランス旅行記11) – kobeoyaji’s blog
2日目。道路の片側1車線が駐車場状態であることを知り、駐車場を備えない古い建物がそのままであるが故に、道路の容量が逼迫し、連接バス・LRTで対策していることを知る。
3日目。市街観光。建物は行っても行っても古かった。
歴史的建造物の真正面の地下に駅がある。「大審裁判所」前の半地下の広場。ルーアン・メトロの駅の入り口になっている:

蓄積された情報量の多さを感じながらも、合わせてヨーロッパの停滞を感じさせる。また、建物の窓ガラスが壊れたままな様子は、天災が無く、ハードウェアが壊されない反面、壊れたハードウェアが放置されることがあるのだと感じさせる。スクラップアンドビルドがないのだ。
4日目。ルーアン大聖堂の内部を観光。人の手によって作られた垂直空間は、それが人の手によって作られたという事実によって、また視線を上に向けさせることによって、見る人を鼓舞し、世界の革新(政治的な意味の「革新」ではない)を意識づけるだろう。

しかし、町を見れば、ハードウェアに自由度がない。革新は、ソフトウェアに向かうのだろう。
現在はハードウェアの制限を取り払うVRの世界が重要度を増している。ヨーロッパの革新性は、ハードウェア面でも大きく伸長するだろう。
アメリカ育ちの娘が学校で書いてくる自画像なのだが、アメリカの幼稚園で書いてくるやつと、週末の日本語学校で書いてくるやつとで、画風が完全にアメリカ風と日本風に切り変わるのが超気になってる。 pic.twitter.com/fL1fesxfIJ
— 古賀 洋吉 / Yo Koga (@yokichi) 2017年6月11日
「娘がアメリカの幼稚園と日本語学校とで描いてくる似顔絵の画風が変わる」画像比較ツイートがすごく興味深い – Togetterまとめ
今日もありがとうございました。これから晩ごはんです。#今日の自炊 pic.twitter.com/YdUP3pt05o
— ウェザーロイド Airi (@TypeA_Airi) January 10, 2019
アスクルの乾電池の分かりやすいデザインすき。 pic.twitter.com/ilqd9anVDB
— 無道叡智???? (@mdoh02) April 14, 2020
.@takumi899 さん。質問があります。「 #ゲート 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり」の #アウレア について、 #メデューサ が精気を吸い、その際に犠牲者に快楽を与えるという設定は、メデューサの昔からの設定にあるのでしょうか。それとも、C・L・ムーアの「 #シャンブロウ 」に由来するのでしょうか。
— TAKAGI-1 高木 一 (@takagi1) September 28, 2019
「アサスマ! 探検隊」探検場所一覧 カテゴリー: アサスマ! 探検隊
● ロケ日
2020/ 5/29
● 放送期間
2020/ 6/ 7~ 8/ 2
● 探検場所
堂屋敷洞窟(全長 6m)+そこまでの2・3時間の行程(ハイキング)
● 所在地
神戸市西区櫨谷町
隊長カッコ良い!#アサスマ #稲富菜穂 #アサスマ探検隊 pic.twitter.com/hI8Z3HKUhi
— 林勲 (@asasuma_suntv) May 29, 2020
アサスマ探検隊ロケ今終わったぁあぁあ!4時間弱探検したよ???♂?久しぶりに沢山日を浴び、沢山歩き、沢山疲れてる????めちゃくちゃ暑かったーーーー1万5千歩も歩いてるーーー! pic.twitter.com/tdU8XKyebn
— 稲富菜穂 (@inatomi_naho) May 29, 2020
探検クリア!稲富隊長、後ろ姿が男前じゃん♪ #アサスマ #稲富菜穂 #アサスマ探検隊 #幻の洞窟 pic.twitter.com/07P3bQhJDV
— 林勲 (@asasuma_suntv) May 29, 2020
とりあえず少佐の名言をぶん投げよう#モーニングショーはクソ pic.twitter.com/3Eldwipsru
— 飛び道具 (@mattari_tentyo) May 20, 2020
平野 耕太: HELLSING 電子書籍版 (少年画報社) p.129.
ありがたいことに
私の狂気は
君達の神が
保障してくれると
いう訳だよろしい
ならば私も問おう君らの神の
正気は一体どこの
誰が保障して
くれるのだね?
地上時代の加古川駅ホーム 1998年10月 pic.twitter.com/PhjbrDRilO
— ( )あんぱん( ) (@anpan_2634) May 16, 2020
地上加古川駅の写真ならそれなりに pic.twitter.com/R2V3xOylK9
— もりりん (@mrrn103000) April 29, 2013
1990年に地上駅時代の加古川駅で写した寝台急行「霧島」です。この時代は急行のブルートレインも沢山走っていました。 pic.twitter.com/LSFd2RdVKA
— takasan (@takasan86) August 13, 2014
20年前の8月27日、姫路市営モノレールの廃線跡巡りをした後は、山陽本線の普通と加古川線を乗り継いで粟生まで出ました。
再掲ですが、地上時代の加古川駅加古川線5番ホームで発車を待つキハ40形単行の普通西脇市行き。加古川線の電化開業はこの6年後、2004年のことでした。
1998年8月27日 pic.twitter.com/sVX7JhZth1— new777の写真・ブログ専用アカウント@ありがとう阪急3000系 (@takewaniphoto) August 28, 2018
JR加古川駅
…
明治43年に大阪桜島駅として建築されたが、大正8年に加古川駅として移築されたもの。
動画サイトで「そごう」の動画を見て懐かしく思い画像を取り込んでみた。そごうと言えば真っ先に思い浮かぶのが加古川そごう。ずっと昔からあると思ってましたが実は10年程度で倒産したんですね。ついでに93年~98年頃の加古川駅。 pic.twitter.com/2Tg32aKRI9
— T特のおっさん (@sanyo5630) April 24, 2020
関連:
加古川駅と加古川そごう