問題を解く当事者にとって、解は不連続である

問題を解く当事者にとって、解は不連続である地下鉄の路線図を見ていて気づいた。

路線を表わす美しい曲線は、本質ではない。

本質的な解・現実(それを、理論を好む者には解と、実験を好む者には現実と表現しよう)は、曲線が通過する不連続点にある。

問題を解く当事者にとって、解(=〈解に至る過程という解〉)は不連続である。乗り心地は悪いが、刺激的でもあり、多くのエネルギーが関わる。

それが美しい曲線でつながれるのは後付けだ。ヘーゲルと朝比奈さん(大) 曰く、

ミネルヴァの梟

その答は、ヘーゲルの有名な比喩の中に見出されるであろう。すなわち、「ミネルヴァの梟は、黄昏の到来とともにのみ、その翼を拡げる」。これらの神秘的な言葉の前には、次のような説明が置かれている。

世界がいかにあるべきかに関して教えを授けることについて、もう一言。いずれの場合であれ哲学は常にそれを授けるには余りにも遅れて登場する。

谷川 流 : 涼宮ハルヒの陰謀 (角川文庫, 2007) p.392.

わたしたち、未来からはそれは必然でした。でも、あなたやデータをもらえた人にとっては偶然なんです。

ヘーゲルと朝比奈さん(大)は、偉大だ。

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