現在は、すべてが「機械」によって記録される世界である。
そして、「機械」記録情報は、分析に向いている。
現在は、すべてが「機械」によって記録される世界である。
そして、「機械」記録情報は、分析に向いている。
形容詞・副詞(数値情報をの除く)は主観である。客観ではない。
形容詞・副詞は飛ばし読みすること。
依頼を後回しにするな。
(協力してもらえないだろう、あるいは、いままで協力してもらえなかったから、) 出来ない
は、
依頼する。成果が返って来る。そして、出来る
と表現できる。
強力な力を利用するには、
・強固な連結器
・応力緩和装置
・制御装置
が必要である。
機関車牽引の列車において、それぞれの役割を果たすのは、以下のとおりである。
・強固な連結器 : 機関車-客車の間の連結器
・応力緩和装置 : 客車、座席シート
・制御装置 : 運転手と機関車の制御装置
回転機械は、エネルギーの輸送において効率がよい。
回転軸は連続運動をし、また空間を有効利用する。
私の中で科学は技術化した。
I氏によれば、技術とは、(特別な能力をもっていない人でも、特別な訓練を受けていない人でも)誰にでも同じ物を作れるようにすることである。
つまり、人による物事の実現に関して、個人の能力を高める教育とは全く逆のアプローチなのである。
茂木 健一郎 : 思考の補助線 (ちくま新書, 2008) p.207.
研究を行う者が天才であろうが、秀才であろうが、そのような人物としての特性にはかかわらずに、ある方法論に従ってさえいれば、収集するデータの有効性や理論の普遍性が担保される。天才がやらなければ成功しないというような実験には科学としての意味はない。どんなに平凡な人間でも、性格の悪い人でも、善意に満ちた人も、あるプロコトルに従って操作さえすれば、同じ結果が出る。これが、科学という知的営為の偉大なる大前提である。
「仕事」に関する投稿は、2011年 4月 1日以前において、こちらのブログに投稿していました。
橋本 毅彦 : 描かれた技術 科学のかたち―サイエンス・イコノロジーの世界 (東京大学出版会, 2008) pp.163-164.
ゲーテは、ハワード [:ルーク・ハワード Luke Howard (1772-1864)]の雲の分類論とその変容の理論に注目した。一八二〇年に「ハワードによる雲のかたち」という論文を著し、そこでハワードの雲の分類論を解説し、さらに彼を讃える詩を寄せた。…
層雲
鏡のごとき水面より / 靄[もや]の絨毯湧き上がり
続いて月も上りきて / 霊が霊になるごとく
自然よ、そのときわれらみな / 喜び急ぐ子供なり
靄は山へと立ち登り / 筋広々と重なりて
中位の雲は滞り / 雨にも空気にもなれり積雲
そしてさらなる高空へ / 空気豊かに集められ
雲高々と積み上がり / 力強くもそびえ立ち
かくて恐れつ体験す / 上轟きて下震う巻雲
さらに気高き一撃の / 天より軽く放たれる
群れ小片に解けほどけ / 子羊ごとく集まれる
下より流れ生まれきて / 父の手と膝ぬらしゆく雨雲
高々積み上げられしもの / 大地の力に引かれおり
激しき雷雨に姿変え / 大群となり散りゆくは
能動受動の地の定め! / まなざし高く登りゆき
言葉降りて記される / 心は空に漂えり
橋本 毅彦 : 描かれた技術 科学のかたち―サイエンス・イコノロジーの世界 (東京大学出版会, 2008) p.160.
羊の群れのごとき巻積雲を描写したロバート・ブルームフィールドという詩人の詩「農夫の少年、冬」を、ハワード [:ルーク・ハワード Luke Howard (1772-1864)]は引用する。
漂う雲のその上の / (さらに彼方は静穏で)
雲の山並み外れ雲 / 雪の白さと端正さ
東西広く限りなく / 動かぬ群れの美しさ
驚く胸に響く名は / 永久に偉大な羊飼い