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小倉金之助(おぐら きんのすけ,1885-1962)

小倉金之助(おぐら きんのすけ,1885-1962)

数学者。1917-1937年、室町に居を構える(途中の1919-1922年にフランス留学)。塩見理化学研究所長、大阪医科大学(後の大阪大学)教授。東京に移った後、東京物理学校理事長。著作は『小倉金之助著作集』第1~8巻にまとめられる。

参考文献: 池田市・池田市教育委員会=編: 続池田学講座 ―人物誌編― (池田市・池田市教育委員会, 2009) p.124.

葛野壮一郎(かどの そういちろう,1880-1944)

葛野壮一郎(葛は下部「ヒ」が正,かどの そういちろう,1880-1944)

建築家。池田生まれ。東京帝大建築学科卒業後、帝国劇場建設・神奈川県庁舎改築工事に携わる。帰阪後は室町に居を構える。大阪では、大江ビルヂングや中央電気倶楽部など。1934年、池田尋常高等小学校の増築を手がける。

参考文献: 池田市・池田市教育委員会=編: 続池田学講座 ―人物誌編― (池田市・池田市教育委員会, 2009) p.122.

目黒庸三郎(めぐろ ようざぶろう,1879-1947)

目黒庸三郎(めぐろ ようざぶろう,1879-1947)

細菌学者・免疫学者。室町に居を構える。大阪実験治療研究所(1937年、目黒研究所に改名)を創設し、ジフテリア血清・コレラワクチン・日本脳炎ワクチンなど生物学的製剤の開発・改良に尽力した。池田市神田に目黒研究所附属免疫場。従四位勲四等旭日小綬章。

参考文献: 池田市・池田市教育委員会=編: 続池田学講座 ―人物誌編― (池田市・池田市教育委員会, 2009) p.120.

関連:
目黒庸三郎と速水太郎

東くめ(ひがし くめ,1877-1969)

東くめ(ひがし くめ,1877-1969)

作詞家。童謡「鳩ぽっぽ」「お正月」「雪」等の作詞。言文一致で書かれた日本初の唱歌集『幼稚園唱歌』(1901年)収録の20曲のうち13曲は、くめの作詞。室町に居を構える。池田市より教育文化功労賞(1962年)。五月山公園に「鳩ぽっぽ」の歌碑がある。

参考文献: 池田市・池田市教育委員会=編: 続池田学講座 ―人物誌編― (池田市・池田市教育委員会, 2009) p.118.

岩野泡鳴(いわの ほうめい,1873-1920)

岩野泡鳴(いわの ほうめい,1873-1920)

小説家・詩人。小説『発展』『毒薬を飲む女』『放浪』等。1年5ヶ月の間 室町に住み 大阪に通勤。室町では養蜂をし 室町クラブで玉突きに興じる。池田時代に『池田日記』『続池田日記』・『ぼんち』(箕面有馬電気軌道沿線が描かれる)を記した。

参考文献: 池田市・池田市教育委員会=編: 続池田学講座 ―人物誌編― (池田市・池田市教育委員会, 2009) p.116.

橋詰良一(はしづめ りょういち,1871-1934)

橋詰良一(はしづめ りょういち,1871-1934)

社会事業家。大阪毎日新聞社 事業部長。「大大阪記念博覧会」(1925年)理事、特設館・娯楽館委員長。「家なき幼稚園」を設立。1922年開園の池田家なき幼稚園は、現在の室町幼稚園(1940年改称)。

参考文献: 池田市・池田市教育委員会=編: 続池田学講座 ―人物誌編― (池田市・池田市教育委員会, 2009) p.114.

小林一三(こばやし いちぞう,1873-1957)

小林一三(こばやし いちぞう,1873-1957)

実業家。箕面有馬電気軌道(現,阪急電鉄)の専務(1907年)、1927年に社長。東京電燈社長(1933年)、目蒲電鉄・東横電鉄・昭和肥料・三越・日本軽金属の重役。商工相(1940年)。国務相兼戦災復興院総裁(1945年)。1956年に池田市初の名誉市民。

参考文献: 池田市・池田市教育委員会=編: 続池田学講座 ―人物誌編― (池田市・池田市教育委員会, 2009) p.106.

関連:
小林 一三 | 無窮の偉人研究

池田の偉人 小林 一三 さん