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昔の阪急

蘇州市に寄ったり、通り過ぎてきました


蘇州市は、池田市の姉妹都市。

40年前の石橋駅ホーム


撮影=1984年3月13日
阪急宝塚本線 – Wikipedia [2022年4月26日 (火) 17:24‎ の版]

1982年(昭和57年)3月29日:平日朝の雲雀丘花屋敷発梅田行の急行2本で、阪急最初の10両編成運転を開始。

日本書紀のクレハトリ・アヤハトリ

日本書紀 巻第十 応神天皇 より。

なお、「日本書紀」には、雄略天皇の段にも同様の記述がありますが、池田の織姫伝説は、応神天皇の段です。呉服神社の祭神は、一柱は呉服(くれはとり)※呉織(紀) ですが、もう一柱は応神天皇の次の天皇である仁徳天皇(=大鷦鷯尊[おおさざきのみこと])です。

宇治谷 孟: 日本書紀(上) 全現代語訳―全二巻― (講談社学術文庫, 1988) p.223.

 三十七年春二月一日、阿知使主(あちのおみ)・都加使主(つかのおみ)を呉に遣わして、縫工女を求めさせた。阿知使主(あちのおみ)らは高麗国(こまのくに)に渡って、呉に行こうと思った。さて高麗についたが道が分らず、道を知っている者を高麗に求めた。高麗王は久礼波(くれは)・久礼志(くれし)の二人をつけて道案内させた。これによって呉に行くことができた。呉の王は縫女(ぬいめ)の兄媛(えひめ)・弟媛(おとひめ)・呉織(くれはとり)・穴織(あなはとり)の四人を与えた。

宇治谷 孟: 日本書紀(上) 全現代語訳―全二巻― (講談社学術文庫, 1988) p.224.

 四十一年春二月十五日、天皇は明宮(あきらのみや)で崩御された。時に御歳百十歳。一説では大隈宮でお亡くなりになったともいう。
 この月、阿知使主らが呉から筑紫についた。そのときに宗像大神(むなかたのおおかみ)が工女らを欲しいといわれ、兄媛(えひめ)を大神に奉った。これがいま筑紫の国にある御使君(みつかいのきみ)の先祖である。あとの三人の女をつれて津国(つのくに)に至り、武庫についたとき天皇が崩御された。ついに間に合わなかったので、大鷦鷯尊(おおさざきのみこと)に奉った。この女たちの子孫がいまの呉衣縫(くれのきぬぬい)・蚊屋衣縫(かやのきぬぬい)である。

国道477号

滋賀県と三重県を隔てる鈴鹿山脈を超える(武平峠) 国道477号を調べていて、気づきました。

 国道477号
  起点:四日市市
  終点:池田市 (石橋阪大下交差点)

国道477号は、鈴鹿山脈を超えた後、
滋賀県守山市・琵琶湖大橋・大津市を経て、
京都市街を大きく北に迂回して(京都府京北町・園部町を経て)、
大阪府能勢町・兵庫県川西市を経て、池田市に至ります。

池田市では、猪名川に沿って古江町から入って南進し、呉服橋の東詰付近から東に方向を変え、石橋阪大下交差点(国道171号と国道176号の交点)が、国道477号区間です。

一の鳥居交差点(能勢電鉄 一の鳥居駅付近)~古江町~木部交差点(阪神高速池田線終点近く)~西本町交差点(呉服橋の東詰近く) は、国道173号と重複、
木部交差点~西本町交差点~石橋阪大下交差点 は、国道423号と重複、
西本町交差点~石橋阪大下交差点 は、国道176号と重複です。

簡単に書くと、
池田市を南から西に貫く(終点→起点) 国道176号(阪急宝塚線がほぼ沿う)が猪名川とぶつかる西本町交差点から
そこでは猪名川を渡らず、北に向かって 国道173号、国道477号、国道423号が分岐し、
西から東に向かって 国道173号、国道477号、国道423号 と並んで北に向かいます。

この3国道の中で、国道477号だけは、その後、東に方向を変え、遥か三重県四日市につながるのです。

補足:
池田市を通る国道(一般国道)は、以下の5路線があります:

国道171号 (京都府京都市南区~神戸市中央区)
国道173号 (大阪府池田市 西本町交差点~京都府綾部市)
国道176号 (京都府宮津市~大阪府大阪市北区)
国道423号 (大阪府大阪市北区~京都府亀岡市)
国道477号 (三重県四日市市~大阪府池田市 石橋阪大下交差点)