これって、ゴドウィン点だ

「二択を提示して(しかも『片方は倫理的/論理的に選び難い事が多い』)あたかも二択から選ばないといけないかのような心理誘導」。

これは、ゴドウィン点に達した状態になっているということです。

ゴドウィンの法則 – Wikipedia (2023年10月15日 (日) 10:21 の版)

フランス語圏では「ゴドウィン点」と呼ばれ、議論でヒトラーやナチスを引き合いに出す人が出てきたら、その議論は「ゴドウィン点に到達した」とのように用いられる

関連:
ゴドウィンの法則

初出:

「翰林院」・社会・土地

大事業に必要なのは
 (1) 知
 (2) 財・労働力・生産・消費
 (3) 資源・エネルギー・排資源・排エネルギー・空間
です。

(1)は、「翰林院」から供給されます。「翰林院」※ では、才がプールされ(「貯才の地」)、流通します。書物により維持・発展します。(2)社会と人間の行き来があります。

(2)は、社会から供給されます。社会では、遺伝子がプールされ、流通します。経済により維持・発展します。(3)土地から、資源・エネルギー・空間が供給され、(3)土地に排資源・排エネルギーします。

(3)は、土地から供給されます。土地では、資源・エネルギーがプールされ、流通します。土地には、太陽光・地熱が供給されます。

翰林院 – Wikipedia (2023年9月14日 (木) 14:30 の版)

清代では、いわば皇帝直属の秘書室となり、書物の編纂、詔勅の起草などを行った。貯才の地ともいわれ、有為な人材を確保し、勉強や実務の見習をさせ、必要があるときに中央官庁や地方の要職に任命する。

学問や政治の最高の人材が揃うという共通点もあり、Academy(アカデミー)の訳語としても使われることがある。

オレオ公式

O: 意見の主張
R: 理由や根拠
E: 具体例の提示
O: 意見の強調

並列化を実現する道具としての対話型AI

人間は、マスメディアの存在や、組織所属(「御恩と奉公」。上位者と下位者の双方の利益)を担保に、人間同士が並列であることを期待する。さらに会話により、並列であること確かめようとする。しかし、本心を語っているかどうかは分からない。

対話型AIは、並列化され、且つ人間のパートナーになる。そして、パートナーの並列化により、人間が並列化される(多様性が失われる)。

生成AIがもたらす思考の均質化 ニューヨーク市立大教授 – 日本経済新聞 (2024年3月19日)

「Chat(チャット)GPT」をはじめとする対話型AIは利用者の質問に対し、学習した大量の情報の中から最も確からしい回答を示す特徴を持つ。思いがけない発見や出合いは生まれなくなり、企業や人々の発想が無意識のうちに似通ってしまう可能性がある。

ラシュコフ氏は生成AIがもたらすこうした傾向について、各種の実験で試行回数を増やすとデータの偏りが小さくなる統計的な現象になぞらえて「平均への回帰」と呼ぶ。特定の生成AIへの依存が行き過ぎれば企業やビジネスパーソンは個性を失い、自らの競争優位性を損なう恐れがあると指摘する。

ネットが人間の集合的な想像力の可能性を高める

生成AIがもたらす思考の均質化 ニューヨーク市立大教授 – 日本経済新聞 (2024年3月19日)

1980年代後半から普及したインターネットは、個人や組織同士のコミュニケーションや情報伝達のあり方を変えた。ラシュコフ氏は「ネットの黎明(れいめい)期には、新たな技術が人間の集合的な想像力の可能性を高めると信じられていた」と振り返る。

生存者バイアスに焦点をあてる

たいていの思想はその正誤に関係なく、その信望者の生存や成功を、一つの明示的あるいは非明示的な根拠とします。

しかし、それは、生存者バイアスに囚われている おそれがあります。

生存や成功は、その思想のみの結果ではなく、あらゆる総合的な結果です。
(例: 自身のみならず、環境も。)

カイロス爆発の光

2024年3月13日、スペースワン社によるロケット「カイロス」初号機が打ち上げ直後に爆発しました。

ロケットの難しさと、それを高確率で成功させている既存ロケットのすごさを改めて感じました。
今回の失敗がなければ、ロケットの成功が当たり前になってしまう流れが私の中にあり、また社会にもあったと思います。

失敗が盛大に撮影・放送・配信されたことは、失敗を許容し、成功に賛辞を送る社会の足元を支えるでしょう。

何千と言葉選んだ末に、何万と立った墓標の上に、僕らは歩んでいくんだ

燃えひろがる火

中井正一 図書館法の成立 ――燃えひろがる火は点ぜられた――

一つの小さな小さな火が、一つの小さな火に燃えうつり、点々として燃えひろがる火でなくてはならない。それはやがて燃えに燃え、広がりに広がる焔となるのである。これこそは、無限に広がり無限に燃えつづけるものである。それが消えるものであるが故に、燃えていることが美しく、また大切でもあるのである。