文章と儀礼が必要

人工物には、文章と儀礼が必要です。

この文章↓を読んで、思い出しました。

製菓業界を変えるオウンドメディアへ。THE BAKE MAGAZINEはテーマ新たに生まれ変わります | THE BAKE MAGAZINE

近藤:BAKEは、上場を目指して経営体制を変えました。だから、BAKEは成長を目指している。成長するために、いろんな人が、いろんなミッションで関わっているんですよね。多様なメンバーが同じベクトルを向ける状態をつくる。それがオウンドメディアならできるんじゃないかと思ったんです。

そう思えたきっかけは、新しく入社するメンバーが過去の記事を読んでくれていたことでした。彼らから、すでに中にいる人にとっては当たり前と化してしまっていたBAKEの「誇り」に気付かされることもあって。「誇り」を伝える記事を出さなきゃなって。

「誇り」ですか。

近藤:僕らは「お菓子を、進化させる」をミッションに仕事をしていて、入社するときは業界に対してインパクトをもたらそうと思っていた。それが、時間の経過とともにその価値を見失いかけていた。

弱者を勝手に代弁するという政治的手法

悪用厳禁、敵を知るために:

「弱者を勝手に代弁する人々」には適切な呼称がある – 法華狼の日記

正確には、勝手に代弁された弱者の呼称。インド出身のガヤトリ・C・スピヴァクが「自らを語ることができない者」を指す言葉として引いた「サバルタン」のことだ。

弱者は代弁されることで「サバルタン」という立場となり、その代弁されること自体によって発言力が封じられる。それと同時に代弁者は限りなく透明な存在となり、代弁を通して主張した内容の責任を回避する。

弱者を勝手に代弁することは、確率の概念の抜けによって生じる過度な恐れ (補足の引用を参照)によるものだけではありません。

  弱者は代弁されることで発言力が封じられる。代弁者は限りなく透明な存在となり、代弁を通して主張した内容の責任を回避する

という効果をもった政治的手法でもあることを知っておくべきです。

補足:
図書館戦争ドラマに、人の脳の性質を整理する

毬江の同級生達の思考には、確率の概念が抜けています。〈毬江が「レインツリーの国」を読んで傷つく〉に違いないと考え、〈毬江が「レインツリーの国」を読んで楽しむ〉確率が考慮されていません。毬江への感情移入によって〈当事者もどき〉になり、〈第三者〉として広い視野から確率の概念を持って、メリット・デメリットを分析することを拒否しています。

結果として、毬江の同級生達は、〈毬江が「レインツリーの国」を読んで傷つく〉ことを過度に恐れるに至りました。

郊外住宅地の はじまり

日本初の電鉄会社開発の郊外住宅地、郊外分譲住宅地は、箕面有馬電気軌道(現、阪急電鉄)が開発した 池田室町(大阪府池田市室町[むろまち]) です。

販売にあたっては、日本初の住宅ローン(NHK「その時歴史が動いた」2001/1/24で言及) が設定されました。


↑前半が、室町住宅地の紹介


13:05~ (NHK「その時歴史が動いた」2001/1/24)

池田市広報紙「広報いけだ」1996年6月号には、以下とあります:

小林(一三)氏はその沿線に郊外住宅地の開発を考え、大阪方面に通勤する人達を自社の鉄道で運ぶという計画を立てた。そのため、創立当初から路線沿いの各地に約25万坪という膨大な土地を購入。その手初めが池田の2万7000坪で、路線開通3カ月後の明治43年(1910) 6月から分譲を始めた。

室町住宅は当初、「池田新市街地新築落成」と大きく見出しをつけたチラシが発行され、大いに宣伝された。売り出しのパンフレットによると、100坪を1邸宅(1区画)として、建坪20~30坪で2階建て。これを2500~3000円で200戸販売する、と宣伝文句に乗せている。頭金50円、残金は10カ年で月々24円の月賦払いというユニークな商法で「池田新市街地」の販売は大変好評であった。

ハンバーガーの はじまり

"Cowboy" burger, Holy Moly Gourmet Burger Rouen

ハンバーガーは、見知らぬ土地にて、ストレス少なくありつける食事です。グローバルな活動の大きな助けになっている食事だといえるでしょう。

ハンバーガー のはじまり

10:46~

19世紀末に、アメリカ合衆国で誕生。

その背景、

・酸っぱいものを好むドイツ移民が好んだ
  - 万能調味料ケチャップの発明
  - マスタードの万能調味料化
  - ピクルスの開発

南北戦争後、進んだ工業国化。それによる職住分離。工場労働者は口腔衛生が悪く、歯がない。

・肉挽き器の発明 (1876年のフィラデルフィア万国博覧会で発表)

マクドナルド のはじまり

37:57~

マクドナルド以前のハンバーガー店は、「ファスト」ではなかった。今日のファストフード・ハンバーガー店の店内を作ったマクドナルド兄弟と、それを拡げたレイ・クロック

カップ麺の はじまり

2019年10月 6日、NHK大河ドラマ「いだてん」で衝撃的なシーンが放送されました。

日清食品が「カップヌードル」を発売するのは、1971年。でも、1961年にカップ麺は存在したのです。

明星食品の「明星叉焼麺 (明星チャーシュー麺)」。しかし、欠陥があり、テスト販売で終わってしまいました。

カップラーメンの発明者の日清食品の安藤百福ではない?

「明星叉焼麺(明星チャーシュー麺)」は1個50円で、鎌倉の海水浴場でテスト販売された。

しかし、容器として使用したカップは耐油性に問題があったため、ラーメンの汁が染み出たり、カップの匂いがラーメンに移るなどの問題が生じた。

アイスクリームのカップメーカー尚山堂も耐熱性のカップを作るのは初めてのことで、様々な角度から検討が加えられたが、当時の技術では限界があり、結局、昭和36年(1961年)7月に容器の問題で「明星叉焼麺(明星チャーシュー麺)」の発売は断念された。

日清食品( 安藤 百福 )が「カップヌードル」を成功させるまでには、多々の問題があり、日清食品はそれらを解決していきました。ここにまとめます:

容器 ―― 発泡スチロールのカップと熱接着のフタ

まんぷくヌードルの容器・カップの実話!大変な苦労があった! | 歴ドラ.com

実は当時の日本には発泡スチロールの一体成型ができるメーカーがなく、当初は製缶メーカーに頼んで側面と底を別々に作った上で貼り合わせるという方法をとりました。

ところがそのやり方では、カップにお湯を注ぐと底が抜けてしまいました。

そのため日清食品では自社で発泡スチロールの容器を開発することにして、技術を持っていたアメリカのダート社と業務提携して「日清ダート」という会社を設立しています(現在の日清化成)

…発泡スチロールに熱を当てれば刺激臭がなくなるということがわかって、完成した容器を熱い蒸気を吹き付ける釜に入れる手法を採用したところ、容器の刺激臭が完全になくなりました。

加えてカップの蓋に関してはアメリカからの飛行機の機内で配っていたマカダミアナッツの容器の蓋を採用しています。

…この蓋には接着剤が使用されておらず、150℃の熱で接着する「熱接着」とう技術が用いられており、その安全性から食品を入れる容器にはもってこいだったのです。

麺の中間保持 ―― 大量生産での実現

まんぷくヌードルの中間保持の驚きの実話!こうして生まれた! | 歴ドラ.com

工場の機械でカップに水平に麺を落とし込むことが非常に困難でした。

百福はある晩、横になって考えていると突然 天井がグルっと回った感覚 を覚えます。

それはまさに天と地がひっくり返ったような感じでした。

その時に彼は閃きを得ており、麺をカップに入れるのではなく、麺にカップをかぶせることを思いつきます。

これによって、工場での大量生産が可能となりました。

具材 ―― フリーズドライとエビ

まんぷくヌードルの具材の実話!エビやフリーズドライが大変だった! | 歴ドラ.com

当時の日本の冷凍乾燥法の技術は低くおぼつかなかったことから、百福は自社で独自にフリーズドライの技術を研究しています。

そしてこれが現在岡山県にあるカップ麺の乾燥具材の製造販売を手掛ける日清エフ・デイ食品につながっています。

他社でできないのなら自社でやるというのが百福の考え方でもありました。

カップヌードルの具材は、「まず最初にエビありき」という形で決められていたのです。

…エビの赤い色合いは洋風で華やかですから、当初からカップヌードルの具材として使用されることが決まりました。

しかし色どりや豪華な感じ、実際の味わいなどの条件がついたことから、原料となるエビ選びにはかなりの時間が費やされることになります。

そのため中国や台湾、タイやインド、アフリカや北洋などの世界中から60種類以上のエビを取り寄せて試しています。

…最終的に選ばれたのはインド産のプーバランという乾燥小エビでした。

このエビは当時1キロあたり4500円もする乾燥用の小エビとしては最高級品でしたが、当時はほとんど日本には輸入されていませんでした。

しかし百福は迷わずにこのエビを採用してカップヌードルの具材としています。

販売ルートと自動販売機

カップラーメンの発明者の日清食品の安藤百福ではない?

袋麺の実売価格が25円なのに対し、カップヌードルは100円と高額だったので、問屋は高いと言って相手にしてくれなかった。

通常の食品ルートでは販売できず、日清食品は、連れ込みホテル・官公庁・レジャー産業・病院などの販売ルートを開拓していった。

最初にカップヌードルが売れたのは、朝霞駐屯地の自衛隊で、その後は消防署や看護婦などでカップヌードルの利便性が認められ、夜勤で働く人に受け入れられていき、東京・銀座の歩行者天国での販売では、1日で2万食が売り切れた。

さらに、日清食品の 安藤百福(呉百福)は、世界初のカップラーメンの自動販売機を設置した。

まんぷくヌードルの自動販売機の実話とドラマとの違い! | 歴ドラ.com

当時はお湯が出る自動販売機はどこにもなく、メーカーと共同開発してこれを完成させることになります。

また「給湯販売」だったことから食品衛生法上は「飲食店の営業」にあたってしまい、本来なら都道府県の営業許可を必要としたので、東京衛生局や東京都議会などと掛け合って新しい条例を作ってもらうなどの苦労もしています。

関連:
安藤百福クロニクル | 日清食品グループ

研究をヒントにフィクション作品がつくられる

稲見 昌彦 : スーパーヒューマン誕生! 人間はSFを超える (NHK出版新書, 2016 〈底本はNHK出版新書(2016)〉) 位置No. 158/2390.

私のように、エンターテインメントやフィクションにヒントを得て研究が進むこともあれば、逆に研究をヒントにフィクション作品がつくられることもある。

「クリエイティブな風土」からの発想

ABOUT SNAZZ β | 関西クリエイティブの可能性を探るウェブマガジンSNAZZ β(スナッズ ベータ) Twitter: @SNAZZ_BETA

関西がさらにクリエイティブな風土になることを目指します。

「風土」は、サブでないカルチャーの言葉。対して「クリエイティブ」は、どうしてもサブカルチャーの言葉です。「クリエイティブな風土」という言葉には、両者が結合されているという大きな意義があります。

「クリエイティブな風土」とは、静的に性質を捉えると「身近な新しさを持つ社会」であり、動的に性質を捉えると「サブカルチャーをカルチャーにする社会」なのでしょう。

以降は、次のTwitterスレッドのように思考しました: