表現空間の魅力を削ぐ行為に対抗する

「ネットが社会を分断」は不正解、10万人の調査結果が明かす真相 | 47NEWS

 ネットの議論が分断されているように見えるのは、極端な意見ばかりが目につくネットの特性のためである。たとえば、憲法9条改正についてのネット上の書き込みのうち半分は、年に60回以上も書き込むヘビーライターがしている。ヘビーライターは全体のわずか0・23%しかいないのだが、年60回以上書き込むくらいであるから、政治的に強い意見の持ち主であり、かくしてネット上に見えるのは最強硬派の意見だけとなる。最強硬派ばかりであれば、罵倒と中傷ばかりになるのは至極当然の結果である。

 しかし、これは書き込む人が限られているからであり、ネットの利用者の意見全体が過激化し、分断されているわけではない。大半の人は自分と反対の意見に接し、むしろ穏健化している。ネットを使う若い人ほどこの傾向は顕著であり、時間がたつにつれてこの傾向は次第に広がっていくだろう。ネットによって自分と異なる意見と接し、相互に理解が深まっているとすれば、これはネット草創期の人々が期待していた姿である。ネット草創期の人々の希望はまだ死んでいない。

これを読んで、考えたこと:

デジタルな表現空間は、計算機によるフィルタリングによって、いかようにも答えを返します(情報探索は、結局のところ、未知の自分の探索)。

生の表現空間にアクセスできる限り、大きな声は、小さな声を掻き消せません。

ただし、恐怖(表現規制)等によって、表現空間の魅力が削がれ、これが大きな声の利益につながるおそれがあります。これに対抗する必要があります。

初出:
2019/12/ 8 のツイート

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