皆さんも、研究が言葉として結晶化し論文にまとまる前の段階でゆれ動き、さまざまな悩みと向かいあってきたのではないでしょうか。じっくりと考え、言葉を探っている姿は、ゼロ点振動のように、傍からは何もない状態に見えます。しかし、それは新しい知を生み出すために不可欠のプロセスなのです。大学院での研究生活を通して皆さんは、そうしたゼロ点振動の力を経験されたのではないでしょうか。
プリンストン高等研究所の初代所長のエイブラハム・フレクスナーは「科学の歴史を通して、後に人類にとって有益だと判明する真に重大な発見のほとんどは、有用性を追う人々ではなく、単に自らの好奇心を満たそうとした人々によってなされた」と述べ、教育機関は好奇心の育成に努めるべきだと主張しています。皆さんも本学での生活のなかで、何かに熱狂的に取り組んでいる友人や海外の研究者に驚き、いつの間にか興味を持つようになった経験があるかもしれません。好奇心を育むことは多様なゼロを豊かにすることなのです。
多様なゼロを揃えておくことの重要性
残念ながら、社会には見える「1」になった成果しか評価しない人びともいます。高度経済成長期に1を10にすること、すでに実現した10を100に増やすことが歓迎されたのは、成長の道筋がはっきりしていたからです。
しかし、現代は予測困難な課題が次々と生まれる変化の時代です。課題が浮かびあがってきてから、これまで通りの対応をしても慌てるだけです。研究者の好奇心のエネルギーを秘めた「多様なゼロ」をたくさんそろえておくことが、なにより重要なのです。つまり勝負どころは「ゼロから1」をさまざまな領域で創出する豊かな苗床と機動力なのです。