大人と子どもが共に未来を守る

新幹線変形ロボ シンカリオン THE ANIMATION 第2話 (2018/ 1/13放送)

大人が子どもを守るだけではなく
大人と子どもが共に未来を守る時代になったということだ

これを見て、下記の引用を思い出しました:

梅棹 忠夫 : 情報の家政学 (中公文庫, 2000) pp.36-37.

いま、親と子の対話の必要をいう声がつよいが、むしろ、子どもこそ親にとっての情報源であり、情報そのものである。そしてまた、子どもこそが、いつの時代でも、社会変化を推進する原動力になるものである。

 変動系の家庭では、子どものはたしている役わりはおそろしくおおきいものがある。子どもはつねにあたらしいものを家庭のなかにもちこんでくる。それだけ、むかしにくらべると、おじいさん、おばあさんの情報系での価値や役わりが激減し、子どもの価値がたかくなっているということなのである。

ただし、子供については、

 「純真さがシンプルな力に変わる時、世界に影をつくりだす」―― 石川智晶 歌・作詞・作曲「Prototype」(2008)

 「未成熟な人間の特徴は、理想のために高貴な死を選ぼうとする点にある」―― ウィルへルム・シュテーケル

に、気をつけるべきです。

近鉄の心、楽しい旅行の中に将来の夢を感じていただけるよう日常生活から少し進んだ豊かさや快適さを提供する

近鉄(近畿日本鉄道)の記者会見で、下記のように語られました。

2018年1月11日の、近鉄による 2020年春デビューの近鉄「新型名阪特急」記者会見より:

[1947年の大阪上本町・近鉄名古屋間の特急運転開始(私鉄初の座席定員制有料特急)は、] 終戦直後の混乱期でございます。

そうした大混雑の、電車に乗り込むこともままならない、そういう時代に赤ちゃんを連れたご婦人でも安心して快適に座って行ける旅。これを提供することで、本来の鉄道サービスのあり方を示そうとした、ということでございます。

楽しい旅行の中に将来の夢を感じていただけるよう、日常生活から少し進んだ豊かさや快適さを提供することに力をいれて参りました。

関連:
名古屋行きの特急車は『自分たちのもの』…日本の交通機関の『あす』を指さすものであった

順理則裕

「順理則裕」(りにしたがえば、すなわちゆたかなり)

渋沢栄一が座右の銘の一つとしていた言葉であり、渋沢栄一が関わった多くの企業が言葉を受け継いでいます:

企業理念|企業情報|TOYOBO

「順理」とは、「合理的・論理的に考え、行動する」、「道理・倫理、人間としての基本姿勢を尊重する」という意味です。

環境先進企業 トップインタビュー : 三井住友銀行

中国宋代の朱子学者、程頤(ていい)の言葉で「道理に生きることが、すなわち繁栄につながる」という意味であり、企業経営における論理性・合理性と、企業の倫理的価値観の両面を説いた言葉です。

多様な社会を構成するそれぞれのサブ社会は、「順理」の度合いが一定以上 必要です。

人工物が人間を作る

人工物が人間を作るのです。

1943年に、イギリス首相 ウィンストン・チャーチルが、1941年のドイツ軍による爆撃で破壊されたイギリス国会議事堂(ウェストミンスター宮殿)の再建について、以前のままの再建を主張した際に語った言葉は、人間と人工物の関係を表わしています。

We shape our buildings and afterwards our buildings shape us.

HOUSE OF COMMONS REBUILDING (Hansard, 28 October 1943)

「われわれは自分たちの建物をつくりあげる。すると今度はわれわれがつくった建物がわれわれをつくりあげる」

名言格言 チャーチル語録

(“We shape our buildings, and afterwards they shape us.”、“We shape our buildings; thereafter they shape us.”、“First we shape our buildings, and then they shape us.” と、紹介される場合もある。)

後の世の事、心にわすれず、仏の道うとからぬ、こころにくし

徒然草 第4段「後の世の事、心にわすれず、仏の道うとからぬ、こころにくし。」

徒然草 現代語訳つき朗読|第四段 後の世の事、心にわすれず

来世のことを心に忘れず、仏の道を疎遠にしない。そういう人は、奥ゆかしい。

「後の世の事」を未来と解釈し(輪廻思想の仏教において、来世とは未来のこと)

「仏の道」を、(あらゆる学問という意味での)哲学であると考えれば、

   未来のことを考えて、学問・世の理を疎遠にしない。そういう人は、奥ゆかしい

という意味になります。

ソサエティ5.0、「君の名は。」地上波放送のなかで流されたCM

ご出演は、上白石 萌音 さん (上白石姉妹のお姉さんの方)。

なお、このCMは、2018年1月3日の映画「君の名は。」(2016年)のテレビ朝日系列での放送のなかでも流されました。上白石 萌音 さんは、「君の名は。」でヒロイン“三葉”の声を担当されています。

ソサエティ5.0

ドローン
空飛ぶマシンが アナタの町にもやってくる

AI家電
考える家電が 日々の暮らしを快適に

医療・介護
介護する人・される人を助ける 疲れ知らずの助っ人が登場

スマートワーク
ロボットの活躍の場が ひろがり、 ハードな仕事もなんのその!

スマート経営
買い物も旅行も 大きな雲がさらに便利に

自動走行
物流・交通シーンに 見えないヒーローあらわる

多様な世界を作るには、活動・発信するファンが重要

多様な世界を作るには、活動・発信するファンが重要です。

なぜならば、人は、複数の他者に薦められると、行動・消費をすると言われているからです。これにより、多様な達人・生産が、社会的に成立するようになります。

吉田 尚記, 石川 善樹 : どうすれば幸せになれるか科学的に考えてみた (KADOKAWA, 2017〈底本はKADOKAWA (2017)〉) 位置No. 1362/2147.

石川 またちょっと違う話になりますが、人は3つくらいの別々のコミュニティから「これがいいよ」と聞くと、そこに乗っかる可能性が高いんじゃないかと僕は思っています。人っていうのは最低3つぐらいの情報源がないと、意思決定できないのかもしれない。これはまだ仮説ですが。

吉田 たとえば「この曲がいいよ」ってまったく違う3人から聞くと、ってことですよね。職場の同僚と、家族と、近所の人とか。

石川 そうです!

吉田 最近、音楽業界の人がみんな言ってるのが「アニソンは売れる」。今の話とつなげて考えると、その理由が腑に落ちます。アニメは、作品のファンと主題歌を歌うアーティストのファンをすでにもっているから、さらにもう一つ何か乗っかるメッセージを獲得すると、3つの違うコミュニティに響きやすいわけですよね。

平成三十年。昨年末のNHK紅白から思ったこと

平成三十年元日です。関西は、日が暖かな晴れの日です。

平成の「ハタチ」の年であった 2008年から10年が経ち、今年は平成最後の丸1年ある年になります。

昨年末(2017年12月31日)のNHK紅白歌合戦は、現在の時局を表わしているように思えます:

(1) 郷ひろみと大阪府立登美丘高ダンス部のバブル風ダンスとのコラボレーション

バブリ~登美丘高ダンス部、郷ひろみとコラボ/紅白 – 音楽 : 日刊スポーツ

現在は、〈バブルなもの〉(:拡大的)でもなく、その後にあった〈反・バブルなもの〉(:凍結)でもありません。だから、〈バブルなもの〉を第三者的に見ることができるのです。

また、バブル期に日本に導入された数々の文化(食べもの等)は、日常になりました。バブルは消化され、血肉になったのです。

日本社会は、バブル、そしてその後の数々の情勢変化・技術革新を取り入れ、現実の永続的再調整を成功させています。

(2) メンバー3人が倒れた 欅坂46 パフォーマンス

欅坂46の3人が倒れた!内村光良とコラボ中/紅白 – 音楽 : 日刊スポーツ

現実の永続的再調整には、調整されていない事柄もあります。我々の目に見えない限り、調整されません。

欅坂46のメンバー3人が倒れたことは、人間の限界の存在を目に見えるものにし、新たな調整のひとつの始点になることでしょう。

(3) Perfumeの渋谷のビル屋上でのステージ

Perfumeのステージは、渋谷のビル屋上で行われ、渋谷のビルの明かりが照明になるような演出(合成でしょう)がされました。

  追記(2018/ 1/ 6): #紅白歌合戦2017 のPerfumeの演出が自然すぎて凄さが伝わらない「VRとMRを重ねてるのか」「途中でLIVEが消えてる!」 – Togetter

それは、アニメの世界のようでありました。

世界は、確実に進んでいます。

名古屋行きの特急車は『自分たちのもの』…日本の交通機関の『あす』を指さすものであった

身近な新しさは、未来を感じさせます:

木本 正次 : 東への鉄路―近鉄創世紀 (講談社, 1974) p.282.

近鉄(近畿日本鉄道)は、1947年(昭和22年)10月8日から、大阪-名古屋間に座席指定の特急車の運行を開始した:

 佐伯[:当時の近鉄の専務 佐伯 勇。後に、社長・会長・名誉会長。] のその考えは、次第に理解され、賛同されていった。あの荒涼たる時代に、国民はみな夢が欲しかった。いずれは豊かな社会に戻る――その『夢』が、いま現実に目の前を走っている。次第にそう共感してくれる人がふえた。

 当時、国鉄にも各私鉄にも別の豪華電車があり、近鉄では奈良線の全線と大阪線の上本町ー恩智間を走っていた。それは占領軍の専用列車で、それこそピカピカの電車に乗客はごくまばらであった。ぼろぎれのおむつを窓という窓に干し並べた古長屋のような板ぎれ電車が走る中で、この特別車の見事さは敗戦国の象徴そのもので、すべての国民の憎悪と嫉視の的になった。それはこれらの電車が、日本国民とは全く断絶した存在で、未来の夢にはつながらないからであった。どんなにその電車が豪勢でも、また頻発されても、占領軍の使用人以外の日本人には永久に無縁のものだったのである。

 これに対して、名古屋行きの特急車は『自分たちのもの』であった。最初のダイヤでは一日僅かに二往復で、時間も四時間三分もかかったが、それでも日本の交通機関の『あす』を指さすものであった。