平野 耕太「HELLSING (4)」

     

評価・状態: 暇つぶしになる良質な本★☆☆

Kindle 版


コミック


購入: 2016/ 4/15 (Kindle 版)
読了: 2016/ 4/15 [1]

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自らの相対化

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押入に、高校の武道の時間に使った竹刀を見つけた。

数年ぶりに握り、構えて気づく:

剣とは、身体の拡張である。そして、剣=自らの身体 を見る行為(身体の拡張がなければ、なかなか体験できない)、さらに、その細長く、全周が外気に触れている様を見る行為により、自らを第三者的に見て、自らを相対化するのである。

さて、我が国の三種の神器は、八咫の鏡・草薙の剣・八尺瓊の勾玉である。勾玉が胎児をかたどっているならば、鏡・剣・勾玉は全て、自らを相対化する装置である。

国家は、自らを相対化して、仲良しグループによる統治機構でなくなるのだ。

「ヘルシング」の、この言葉が想起される:

平野 耕太: HELLSING 電子書籍版 (少年画報社) p.129.

ありがたいことに
私の狂気は
君達の神が
保障してくれると
いう訳だ

よろしい
ならば私も問おう

君らの神の
正気は

一体どこの
誰が保障して
くれるのだね?

初出:
Facebook 2016/ 4/10


 

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