GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。
青空文庫図書カード: 岡本綺堂 『半七捕物帳』
現代語化
「おお、なんだい」
「俺は市川屋の源蔵って職人なんですけど、初めまして。……よろしくお願いします。それで、この源蔵さん、何か手伝ってほしいことがあるんすか」
「実はさ」
「この源蔵が昨日、ヘンなこと見たって言うんです」
「何を見たんだい」
「実は昨夜、高田の四家町まで行って、帰り道に目白坂の下まで来ると、寺の生垣の前に男と女が立って話してたんだけど、俺の提灯の光を見ると、二人とも慌てて寺の中へ隠れてしまったんです。夜目遠目で見ても確かじゃないけど、男は火の番の藤助、女はお冬みたいだったんです。お冬はともかく、最近いなくなってる藤助がこの辺をうろついてて、道で女の子と話してるのって変だと思って。でもその時はそれで帰ってきたんだけど、念のため今朝お冬の家に様子を見に行くと、お冬はいなくて、藤助の姿も見えないし、家はがらんどうでした」
「それは夜のことかい」
「はい。まだ午後8時前くらいでした」
「それで、もう一つ話があるんだって」
「はい」
「俺ももう50なんで、歳のせいかな、若い奴らみたいに眠れなくて。昨夜も風の音がうるさくて寝付けなかったら、夜中のことだったと思います。外で犬がめっちゃ吠えてる声が聞こえてきたんです」
「ふーん」
「夜中に犬が吠えるのは珍しくないんだけど、あまり激しく吠き続けるんで、なんか気味悪くなって、そっと起きて店に出まして、雨戸の穴から覗いてみたんですけど、外は真っ暗で何も見えなくて。でも、犬が吠えてるのは隣の店の前で、その犬の声に混じって人の声が聞こえるんです。声が小さいからよく聞こえないんだけど、二人で話してるみたいで……」
「男の声かい、女の声かい」
「どっちも男の声っぽかったです」
「その男が何て言ってたんだい」
「それがあんまりよく分かんないんですよ。……一人が『なんで寺に埋めねえんだ』って言ってたみたいでした」
「その声に覚えはなかったかい」
「はっきり聞こえなかったんで……」
「それで、その二人はどうしたんだい」
「そのうちどこかに行っちゃったみたいで、犬の声もだんだん遠くになりました」
「どの方向に遠ざかったんだい」
「橋の方へ……」
「もう他にも話してくれることはないかい」
「はい」
「いや、ありがとう。この後も何か気づいたことがあったら教えてくれよ」
「かしこまりました」
「いいやつだな」
「ギャンブルはするかもしれないけど、人間はいいやつですよ」
「ところで親分、今の話の様子じゃ、昨夜この辺で死体を運んだ奴がいたみたいですね」
「ふーん。あながち的外れってわけでもねえな。俺もさっき留から聞いたんだが……。おい、聞いてろよ」
「へえ、そんなことがあったんですか。昨夜、寺の庭先で男と女が揉めてて……。そしたら女が殺されちゃったんですね」
「まあ、そうだろうな」
「女って誰でしょう。お冬ですか」
「それが分かんねえんだ。この一件にはお冬と、御賄屋敷から逃げ出したお北って女と、佐藤の屋敷に隠れてるお近って女と、都合3人の女が関わってるみたいで、どれだかはっきりとは分かんねえけど、まずこの3人の中だろう。みんな殺されそうな女だからな」
「それにしても、まあ誰でしょう」
「しつこく聞くなよ。それを探るのがお前の仕事だろ」
「でも、俺の予想じゃ、お近って女なんじゃないすか。だって殺されそうになっても、全然声を上げずに争ってたってんだから、よっぽど芯が強くないと無理でしょ。お北ってのはどんな女か知らねえけど、いくら武家の娘でもこういう時はどうにか声を上げるはずだ。お冬も肝が据わってるみたいだけど、やっぱり女の子だ。大の男と相手にして、いつまでも激しく争っていられるわけねえ。そうすると、まずお近だろうな」
「なるほど、そういう理屈になるな。じゃ、ここからどうするんですか」
「佐藤の屋敷に踏み込むか、祐道って坊主を脅すか、それが一番早いけど、あそこは旗本屋敷と寺だから、俺たちが迂闊に手を入れるわけにもいかねえし、困ったな。まあ、じっくり調べるしかないよ。最初に突き止めなきゃいけないのは死体の始末だけど、寺で殺しておきながら墓場に埋めてないのは、後々証拠になるのを恐れたんだろう。川に流したか、それとも誰にも知られないような場所に埋めたか。源蔵の言ってた話だと、二人の男が橋の方に行ったらしいから、もしかしたら江戸川の深いところに重しを付けて沈めたかもしれない。日が経って浮き上がっても、死体が腐ってたら顔は分からないからね」
「そうですね。殺した奴は誰でしょう」
「俺ばかり責めるなよ。お前もちょっと考えろ」
「殺されそうな女が3人いるけど、殺しそうな男も3人いる。火の番の藤助と、黒沼の婿の幸之助と……。もう一人は寺の住職……。まずこの3人らしいな。いや、そんなところで井戸端会議しててもしょうがねえ。どこかで飯でも食って相談しようぜ。留はもうしばらく仕事はできないみたいだ。お前が代わりに一肌脱いでくれ。頼むぜ」
「おう」
原文 (会話文抽出)
「もし、面白いことがありそうですよ」
「むむ、どんなことだ」
「わたくしは市川屋の職人で源蔵と申します。なにぶんお見識り置きを……」
「わたしも今後よろしく願います。そこで、兼。この源蔵さんという人に何か手伝って貰うことでもあるのかえ」
「実はね」
「この源蔵がゆうべ変なことを見たと云うんです」
「なにを見たね」
「実は昨晩、高田の四家町まで参りまして、その帰り途に目白坂の下まで参りますと、寺の生垣の前に男と女が立ち話をして居りましたが、わたくしの提灯の火を見ると、二人ともに慌てて寺のなかへ隠れてしまいました。夜目遠目で確かなことは申されませんが、男は火の番の藤助で、女はむすめのお冬のように思われたのでございます。お冬はともあれ、このあいだから行くえ知れずになっている藤助がこの辺にうろ付いていて、往来なかで娘と立ち話をしているのは何だか変だと思いましたが、その時はそれぎりにして帰ってまいりました。そこで、念のために今朝ほどお冬の家へ行ってみますと、お冬は留守でございました。もちろん、藤助のすがたも見えず、家はがら明きになって居りました」
「それは宵のことかえ」
「左様でございます。まだ五ツ(午後八時)にはならない頃でございました」
「それから、もう一つのことも話してしまいねえ」
「へえ」
「わたくしももう五十で、年のせいでございましょうか、若い人たちのようにはどうも眠られません。昨晩も風の音が耳につきましておちおちと眠られずに居りますと、なんでも夜なかの事でございました。表で頻りに犬の吠える声がきこえるのでございます」
「むむ」
「夜なかに犬の吠えるのは珍らしくもございませんが、あんまり烈しく啼きますので、わたくしも何だか気味が悪くなりまして、そっと起きて店へ出まして、雨戸の節穴から覗いてみますと、表は真っ暗でなんにも見えませんでしたが、犬の吠えているのは隣りの店のまえで、その犬の声にまじって人の声が聞こえるのでございます。低い声ですからよく判りませんが、ふたりで話しているらしいので……」
「男の声かえ、女の声かえ」
「どっちも男の声のようで……」
「その男が何を話していたえ」
「それがはっきりと判りませんでしたが……。ひとりがなぜ寺へ埋めないのだと云っていたようでございました」
「その声に聞き覚えはなかったかね」
「何分はっきりとは聞き取れませんので……」
「それから其の二人はどうしたね」
「やがて何処へか行ってしまったようで、犬の声もだんだんに遠くなりました」
「どっちの方へ遠くなったえ」
「橋の方へ……」
「もうほかに話してくれることは無いかね」
「へえ」
「いや、大きに御苦労。この後も何か気のついたことがあったら教えてくんねえ」
「かしこまりました」
「正直そうな奴だな」
「小博奕ぐらいは打つでしょうが、人間は正直者ですよ」
「そこで、親分。今の話の様子じゃあ、ゆうべ此の辺で人間の死骸を運んだ奴があるらしゅうござんすね」
「むむ。まんざら心当たりがねえでもねえ。おれもたった今、留の野郎から聞いたんだが……。おい、耳を貸せ」
「へえ、そんなことがあったんですか。夜なかに寺の庭さきで男と女がむしり合いをして……。じゃあ、その女が息を止められたんでしょうね」
「まあ、そうだろうな」
「女は誰でしょう。お冬でしょうか」
「さあ、それが判らねえ。この一件にはお冬と、御賄屋敷を家出したお北という女と、佐藤の屋敷に隠れているお近という女と、都合三人の女が引っからんでいるらしいので、どれだかはっきりとは判らねえが、まずこの三人のうちだろう。みんな殺されそうな女だからな」
「それにしても、まあ誰でしょう」
「執拗く訊くなよ。それを穿索するのがおめえ達の商売じゃあねえか」
「だが、まあ、おれの鑑定じゃあお近という女だろうな。なにしろ自分が殺されそうになっても、ちっとも声を立てずに争っていたのを見ると、よっぽどのしっかり者に相違ねえ。お北というのはどんな女か知らねえが、いくら武家の娘でも斯ういう時にはなんとか声を立てる筈だ。お冬もしっかり者らしいが、なんと云っても小娘だ。大の男を相手にして、いつまでも激しく争っていられそうもねえ。そうすると、まずお近だろうな」
「なるほど、そういう理窟になりますね。それで、これからどうしましょう」
「佐藤の屋敷へ踏み込むか、祐道という坊主を締め上げるか、それが一番早手廻しだが、なにぶん一方は旗本屋敷、一方は寺社の係りだから、おれ達が迂闊に手を入れるわけにも行かねえので困る。まあ、気長に手繰って行くよりほかはあるめえ、第一に突き留めなけりゃあならねえのは、その死骸の始末だが、寺で殺して置きながら墓場へ埋めてしまわねえのは、後日の証拠になるのを恐れたのだろう。川へ流したか、それとも人の知らねえような所へ埋めてしまったか。源蔵の話じゃあ、二人の男が橋の方へ行ったらしいと云うから、ひょっとすると何かの重しでも付けて、江戸川の深いところへ沈めたかも知れねえ。日が経って浮き上がったにしても、死骸がもう腐ってしまえば人相は判らねえからな」
「そうですね。殺した奴は誰でしょう」
「おればかり責めるなよ。おめえもちっと考えろ」
「殺されそうな女も三人あるが、殺しそうな男も三人ある。火の番の藤助と、黒沼の婿の幸之助と……。もう一人は寺の住職……。まず三人のうちらしいな。いや、往来でいつまでも立ち話をしているのは良くねえ。そこらで午飯でも食いながら相談するとしよう。留はあの様子じゃあ、まだ当分は思うように働かれめえ。おめえが名代にひと肌ぬいでくれ。頼むぜ」
「ようがす」