夏目漱石 『野分』 「淋しい庭だなあ。桐が裸で立っている」…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 夏目漱石 『野分』

現代語化

「寂しい庭だなあ。桐がはだかんぼで立ってる」
「最近まで葉っぱあったんだけど、早いよね。はだかんぼの桐に月が当たるの見たことある?めっちゃきれいなんだ」
「そうだろうなあ。――でも寒いんだから夜起きるのはよくないよ。冬の月は好きじゃない。月は夏がいい。夏の良い月夜に屋形船に乗って、隅田川から綾瀬の方へ漕いで行って銀扇を川に流す遊びとかしたい」
「言ってることが軽すぎ。銀扇流すお金どうすんの?」
「銀泥を塗った扇子を何本も船に乗せて、月に向かって投げるのよ。キラキラしてきれいだろ」
「それ君の発明?」
「昔のおしゃれな人がそんな遊びしてたんだって」
「贅沢だなあ」
「君の机に原稿あるね。やっぱり地理学の教え方?」
「地理学の教え方やめたよ。病気になって、そんなつまらないのやってられない」
「じゃ何?」
「ずっと前から書いてて、ほったらかしにしてたやつ」
「あの小説?君の最高傑作なの?ついに完成させるつもりなの?」
「病気になると、余計やりたくなるよ。前は暇になったらやろうと思ってたけど、もうそんなの待っていられない。死ぬ前に絶対書き上げたいんだ」
「死ぬ前って大げさだよ。書くのは賛成だけど、凝りすぎると体によくないよ」
「悪くても書けりゃいいけど、書けないのが残念すぎる。昨日は続きを30枚書いた夢を見た」
「よっぽど書きたいんだな」
「書きたいよ。これでも書かなきゃ生まれてきた意味がない。それが書けない以上は役に立たない人間ってことさ。だから君の世話になって、転地に行くんだよ」
「それで転地するのが嫌なのか」
「まあ、そうかな」
「そっか、わかった。うん、つまりそういうことなんだね」
「それなら、君が人の世話になるのが嫌みたいだから、それを有意義にしようじゃないか」
「どういうこと?」
「君の今のやりたいことは、前から考えてた小説を完成させるってことだよね。だからそれを条件にして僕が転地の費用持つよ。逗子でも鎌倉でも熱海でも君の好きなところにに行って、のんびり養生して。ただ人の金を使ってのんびり養生するだけじゃ心苦しいだろ。だから療養しながら気向いた時に続きを書いていけばいい。それで体が良くなって、作品ができたら戻ってくるよ。僕は費用を負担した代わりに君に傑作を世に出してもらえる。どう?それなら僕の目的も達成できるし、君の願いも叶う。一石二鳥だよね」
「僕が君のところに小説を持っていけば、君の僕への責任は果たせるわけだね」
「そう。同時に君が世の中に対する責任の一部も果たせるようになるよ」
「じゃ、金もらうよ。もらっといて死んじゃうかもしれないけど――いや、まあ、死ぬまで書いてみよう――死ぬまで書いたら書けないこともないだろ」
「死ぬまで書くのは大変だよ。暖かい湘南とかに行ってリラックスして、たまに1ページ2ページずつ書けばいい――僕の条件には期限ないんだから」
「うん、よし必ず書いて持っていくよ。君の金を使って何もせずにいるわけにはいかない」
「そんなの気にするな」
「うん、わかった。とにかく転地しよう。明日から行こう」
「早いな。早い方がいいけどね。いくら早くても問題ないよ。準備はちゃんとできてるから」

原文 (会話文抽出)

「淋しい庭だなあ。桐が裸で立っている」
「この間まで葉が着いてたんだが、早いものだ。裸の桐に月がさすのを見た事があるかい。凄い景色だ」
「そうだろう。――しかし寒いのに夜る起きるのはよくないぜ。僕は冬の月は嫌だ。月は夏がいい。夏のいい月夜に屋根舟に乗って、隅田川から綾瀬の方へ漕がして行って銀扇を水に流して遊んだら面白いだろう」
「気楽云ってらあ。銀扇を流すたどうするんだい」
「銀泥を置いた扇を何本も舟へ乗せて、月に向って投げるのさ。きらきらして奇麗だろう」
「君の発明かい」
「昔しの通人はそんな風流をして遊んだそうだ」
「贅沢な奴らだ」
「君の机の上に原稿があるね。やっぱり地理学教授法か」
「地理学教授法はやめたさ。病気になって、あんなつまらんものがやれるものか」
「じゃ何だい」
「久しく書きかけて、それなりにして置いたものだ」
「あの小説か。君の一代の傑作か。いよいよ完成するつもりなのかい」
「病気になると、なおやりたくなる。今まではひまになったらと思っていたが、もうそれまで待っちゃいられない。死ぬ前に是非書き上げないと気が済まない」
「死ぬ前は過激な言葉だ。書くのは賛成だが、あまり凝るとかえって身体がわるくなる」
「わるくなっても書けりゃいいが、書けないから残念でたまらない。昨夜は続きを三十枚かいた夢を見た」
「よっぽど書きたいのだと見えるね」
「書きたいさ。これでも書かなくっちゃ何のために生れて来たのかわからない。それが書けないときまった以上は穀潰し同然ださ。だから君の厄介にまでなって、転地するがものはないんだ」
「それで転地するのがいやなのか」
「まあ、そうさ」
「そうか、それじゃ分った。うん、そう云うつもりなのか」
「それじゃ、君は無意味に人の世話になるのが厭なんだろうから、そこのところを有意味にしようじゃないか」
「どうするんだ」
「君の目下の目的は、かねて腹案のある述作を完成しようと云うのだろう。だからそれを条件にして僕が転地の費用を担任しようじゃないか。逗子でも鎌倉でも、熱海でも君の好な所へ往って、呑気に養生する。ただ人の金を使って呑気に養生するだけでは心が済まない。だから療養かたがた気が向いた時に続きをかくさ。そうして身体がよくなって、作が出来上ったら帰ってくる。僕は費用を担任した代り君に一大傑作を世間へ出して貰う。どうだい。それなら僕の主意も立ち、君の望も叶う。一挙両得じゃないか」
「僕が君の所へ、僕の作を持って行けば、僕の君に対する責任は済む訳なんだね」
「そうさ。同時に君が天下に対する責任の一分が済むようになるのさ」
「じゃ、金を貰おう。貰いっ放しに死んでしまうかも知れないが――いいや、まあ、死ぬまで書いて見よう――死ぬまで書いたら書けない事もなかろう」
「死ぬまでかいちゃ大変だ。暖かい相州辺へ行って気を楽にして、時々一頁二頁ずつ書く――僕の条件に期限はないんだぜ、君」
「うん、よしきっと書いて持って行く。君の金を使って茫然としていちゃ済まない」
「そんな済むの済まないのと考えてちゃいけない」
「うん、よし分った。ともかくも転地しよう。明日から行こう」
「だいぶ早いな。早い方がいいだろう。いくら早くっても構わない。用意はちゃんと出来てるんだから」


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