夏目漱石 『野分』 「だから学問のことは学者に聞かなければなら…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 夏目漱石 『野分』

現代語化

「だから学問のことは学者に聞かなければいけない。お金が欲しいなら商人のところに行くしかない」
「お金が欲しい」
「欲しいだろう」
「学問がつまり物の道理が分かることと、生活の自由がつまりお金があることとは、関係がないどころかむしろ正反対のものだ。学者だからお金がないんだ。お金を稼ぐから学者になれないんだ。学者はお金がない代わりに物の道理が分かるし、商人は理屈は分からないから、その代わりに金儲けをする」
「それを分からずに、お金のあるところには理屈もあると思ってるのは愚の骨頂だ。しかも世の中一般はそう勘違いしてる。あの人は金持ちで世間が尊敬してるんだから、理屈も分かってるに違いない、文化もあるに決まってるって――こう考える。でも本当は文化を得る暇がないからこそ金儲けをする時間があったんだ。自然は公平なものだから、一人のお金も儲けさせて、同時に文化も与えるなんていうほど肩入れはしない。この分かりやすい道理も分からずに、あの金持ちどもは調子に乗って……」
「ひや、ひや」
「言うな」
「しっ、しっ」
「自分たちは社会の上流にいて一般に尊敬されてるんだから、世の中で自分ほど理屈が分かる人間はいない。学者だろうが何だろうがお前たちはおれに頭を下げなきゃいけないと思うのは、まあ哀れなもんだな。そういう考えを持つこと自体が文化がない証拠だ」
「訳が分からない奴らが調子に乗るのはどうにも救いようがないとしても、世の中が彼らの調子に乗ってるのは情けない見当違いだと言わざるを得ない。よく言うことだが、あの男はあのくらいの社会的地位にいてそれなりの資産もあるんだから、そんなに訳の分からない奴でもなさそうだ。ところがどっこい、そういう社会的地位を得て、相当の資産があるからこそ訳が分からないこともあるんだ」

原文 (会話文抽出)

「だから学問のことは学者に聞かなければならん。金が欲しければ町人の所へ持って行くよりほかに致し方はない」
「金が欲しい」
「欲しいでしょう」
「学問すなわち物の理がわかると云う事と生活の自由すなわち金があると云う事とは独立して関係のないのみならず、かえって反対のものである。学者であればこそ金がないのである。金を取るから学者にはなれないのである。学者は金がない代りに物の理がわかるので、町人は理窟がわからないから、その代りに金を儲ける」
「それを心得んで金のある所には理窟もあると考えているのは愚の極である。しかも世間一般はそう誤認している。あの人は金持ちで世間が尊敬しているからして理窟もわかっているに違ない、カルチュアーもあるにきまっていると――こう考える。ところがその実はカルチュアーを受ける暇がなければこそ金をもうける時間が出来たのである。自然は公平なもので一人の男に金ももうけさせる、同時にカルチュアーも授けると云うほど贔屓にはせんのである。この見やすき道理も弁ぜずして、かの金持ち共は己惚れて……」
「ひや、ひや」
「焼くな」
「しっ、しっ」
「自分達は社会の上流に位して一般から尊敬されているからして、世の中に自分ほど理窟に通じたものはない。学者だろうが、何だろうがおれに頭をさげねばならんと思うのは憫然のしだいで、彼らがこんな考を起す事自身がカルチュアーのないと云う事実を証明している」
「訳のわからぬ彼らが己惚はとうてい済度すべからざる事とするも、天下社会から、彼らの己惚をもっともだと是認するに至っては愛想の尽きた不見識と云わねばならぬ。よく云う事だが、あの男もあのくらいな社会上の地位にあって相応の財産も所有している事だから万更そんな訳のわからない事もなかろう。豈計らんやある場合には、そんな社会上の地位を得て相当の財産を有しておればこそ訳がわからないのである」


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