夏目漱石 『野分』 「君は自分だけが一人坊っちだと思うかも知れ…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 夏目漱石 『野分』

現代語化

「君は自分だけ一人ぼっちだと思ってるかもしれないけど、俺も一人ぼっちだよ。一人ぼっちは崇高なものなんだ」
「わかりましたか?」
「崇高――なぜ……」
「それがわからないなら、一人ぼっちじゃやっていけません。――君はみんなより上のレベルにいると思ってるけど、周りがそのレベルを認めないから一人ぼっちなんでしょう。でも周りに認められるようなレベルなら、みんなも上に上がってきますよ。芸者や人力車夫にわかるような人格なら低いのは当たり前です。それを芸者や人力車夫と同レベルだと思ってしまうから、見くびられたり悩んだりするんです。もしもそんなものと同レベルなら、作品を作ってもせいぜい同じような作品しかできないでしょう。同レベルじゃないからこそ、立派な作品を作れるんです。立派な作品を作れなきゃ、あいつらから見くびられるのも当然です」
「芸者や人力車夫なんてどうでもいいんですけど……」
「例は誰でも同じなんです。同じ学校を卒業した奴らだって変わりません。同じ学校を出たから似たものだろうと思うのは、教育の方法が同じだから教育の内容も同じだと勘違いしてるからです。同じ大学の卒業生がみんな同じレベルだったら、大学の卒業生はみんな後世に名を残すか、みんな消えなきゃいけなくなります。自分が後世に名を残そうと努力するなら、たとえ同じ学校を卒業した奴らでも、他の奴らは残らないと仮定しなきゃいけませんよね。そういう仮定があるなら、自分と他の人は学士は同じでも、すでに大きな違いがあると認めたことになりませんか。大きな違いがあると自覚しながら、周りに理解されないからといって悩むのは矛盾です」
「それで先生は後世に名を残すためにやってるんですか?」
「俺のはちょっと違います。今の話はあなたを基準に話しただけです。立派な作品を作って後世に残したいというのがあなたの望みのようだから話したんです」
「先生が言っていることが理解できれば、教えてもらえますか?」
「俺は名前なんてどうでもいいんです。ただ自分の満足のために世の中に尽くしたいだけです。結果が世の中で悪名になろうが、汚名になろうが、気が狂おうがどうでもいい。ただこうやって働かないと満足できないからやってるだけです。こうやって働かないと満足できないところを見ると、これが俺の道なんだろうと思います。人間は道に従うしかないんです。人間は道っていう生き物だから、道に従うのが一番尊いんだと思ってます。道に従う人間は神様でさえ避けなきゃいけません。岩崎の塀なんて何ともありませんよ。ハハハハ」

原文 (会話文抽出)

「君は自分だけが一人坊っちだと思うかも知れないが、僕も一人坊っちですよ。一人坊っちは崇高なものです」
「わかったですか」
「崇高――なぜ……」
「それが、わからなければ、とうてい一人坊っちでは生きていられません。――君は人より高い平面にいると自信しながら、人がその平面を認めてくれないために一人坊っちなのでしょう。しかし人が認めてくれるような平面ならば人も上ってくる平面です。芸者や車引に理会されるような人格なら低いにきまってます。それを芸者や車引も自分と同等なものと思い込んでしまうから、先方から見くびられた時腹が立ったり、煩悶するのです。もしあんなものと同等なら創作をしたって、やっぱり同等の創作しか出来ない訳だ。同等でなければこそ、立派な人格を発揮する作物も出来る。立派な人格を発揮する作物が出来なければ、彼らからは見くびられるのはもっともでしょう」
「芸者や車引はどうでもいいですが……」
「例はだれだって同じ事です。同じ学校を同じに卒業した者だって変りはありません。同じ卒業生だから似たものだろうと思うのは教育の形式が似ているのを教育の実体が似ているものと考え違した議論です。同じ大学の卒業生が同じ程度のものであったら、大学の卒業生はことごとく後世に名を残すか、またはことごとく消えてしまわなくってはならない。自分こそ後世に名を残そうと力むならば、たとい同じ学校の卒業生にもせよ、ほかのものは残らないのだと云う事を仮定してかからなければなりますまい。すでにその仮定があるなら自分と、ほかの人とは同様の学士であるにもかかわらずすでに大差別があると自認した訳じゃありませんか。大差別があると自任しながら他が自分を解してくれんと云って煩悶するのは矛盾です」
「それで先生は後世に名を残すおつもりでやっていらっしゃるんですか」
「わたしのは少し、違います。今の議論はあなたを本位にして立てた議論です。立派な作物を出して後世に伝えたいと云うのが、あなたの御希望のようだから御話しをしたのです」
「先生のが承る事が出来るなら、教えて頂けますまいか」
「わたしは名前なんてあてにならないものはどうでもいい。ただ自分の満足を得るために世のために働くのです。結果は悪名になろうと、臭名になろうと気狂になろうと仕方がない。ただこう働かなくっては満足が出来ないから働くまでの事です。こう働かなくって満足が出来ないところをもって見ると、これが、わたしの道に相違ない。人間は道に従うよりほかにやりようのないものだ。人間は道の動物であるから、道に従うのが一番貴いのだろうと思っています。道に従う人は神も避けねばならんのです。岩崎の塀なんか何でもない。ハハハハ」


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