夏目漱石 『野分』 「先生」…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 夏目漱石 『野分』

現代語化

「先生」
「なんだい」
「さっき、人力車に突き飛ばされました」
「それは危なかったな。怪我してないかい?」
「怪我はしてないけど、腹が立ちました」
「そうか。でも腹を立てたってしょうがないよ。――でも腹も立て方次第だよね。昔、渡辺崋山が松平侯の行列にぶつかってひどい目に遭ったことがあるんだ。それを崋山は日記に――松平侯御横行――って書いてるんだけど。この『御横行』って言葉が面白いんだ。敬って『御』をつけてるけど、そこには反抗心がある。気概がある。君も『人力車御横行』って日記にでも書いときな」
「松平侯って誰ですか?」
「誰だか知らないよ。知ってたら『御横行』なんてしないさ。崋山はその後も活躍したけど、松平侯なんて誰も知らない」
「そう思うと愉快ですけど、岩崎の塀を見ると頭にぶつけて壊したくなります」
「頭をぶつけて壊そうとしても、君より先に壊してる奴がいるかもしれない。そんなくだらないこと言うなよ。小説でも書いてな。そうすれば岩崎よりも君の名前は長く残るよ」
「それが書けないんです」
「誰が書かせないんだい?」
「別に誰がというわけじゃないんですけど、書けないんです」
「体にでも悪いのかい?」

原文 (会話文抽出)

「先生」
「何ですか」
「さっき、車屋から突き飛ばされました」
「そりゃ、あぶなかった。怪我をしやしませんか」
「いいえ、怪我はしませんが、腹は立ちました」
「そう。しかし腹を立てても仕方がないでしょう。――しかし腹も立てようによるですな。昔し渡辺崋山が松平侯の供先に粗忽で突き当ってひどい目に逢った事がある。崋山がその時の事を書いてね。――松平侯御横行――と云ってるですが。この御横行の三字が非常に面白いじゃないですか。尊んで御の字をつけてるがその裏に立派な反抗心がある。気概がある。君も綱引御横行と日記にかくさ」
「松平侯って、だれですか」
「だれだか知れやしない。それが知れるくらいなら御横行はしないですよ。その時発憤した崋山はいまだに生きてるが、松平某なるものは誰も知りゃしない」
「そう思うと愉快ですが、岩崎の塀などを見ると頭をぶつけて、壊してやりたくなります」
「頭をぶつけて、壊せりゃ、君より先に壊してるものがあるかも知れない。そんな愚な事を云わずに正々堂々と創作なら、創作をなされば、それで君の寿命は岩崎などよりも長く伝わるのです」
「その創作をさせてくれないのです」
「誰が」
「誰がって訳じゃないですが、出来ないのです」
「からだでも悪いですか」


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