夏目漱石 『野分』 「我々が生涯を通じて受ける煩悶のうちで、も…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 夏目漱石 『野分』

現代語化

「俺たちが一生の中で一番痛烈で深刻、そして激しい煩悶は恋だと思うんです。それでですね、こういう強力なものだから、俺たちが一度この煩悶の炎の中に入るとすごく変わってしまうんです」
「変わってしまう? どういう意味ですか」
「ええ、姿が変わるんです。今までふわふわ浮いてただけだったのが、世の中との関係がわかってきて、ボンヤリ暮らしていたのが、急に自分がはっきりするんです」
「自分がはっきりするって?」
「自分が生きているっていう感じが明確になってくるんです。だから恋は一方では煩悶に違いないけど、この煩悶を経験しないと自分が生きてることに一生気づけないと思うんです。この浄罪界を歩かなきゃ天国には行けないと思うんですよ。ただただ楽観してるだけじゃダメです。恋の苦しみを味わって人生の意味を確かめた上で楽天家でなきゃ、嘘です。だから恋の煩悶は他の方法じゃ解決できないんです。恋を解決するのは恋以外にないんです。恋は俺たちを煩悶させて、また俺たちを救ってくれるんです。……」
「そのくらいで」
「まだ少し残ってるんですが……」
「聞いてはいいんですが、他にもたくさん意見が集まるんで、あとで削除することになるかもしれないんで失礼になります」
「そうですか、それじゃそのくらいでやめておきます。こんな話をするのは初めてなんで、書くの大変だったでしょう?」
「いえ」

原文 (会話文抽出)

「我々が生涯を通じて受ける煩悶のうちで、もっとも痛切なもっとも深刻な、またもっとも劇烈な煩悶は恋よりほかにないだろうと思うのです。それでですね、こう云う強大な威力のあるものだから、我々が一度びこの煩悶の炎火のうちに入ると非常な変形をうけるのです」
「変形? ですか」
「ええ形を変ずるのです。今まではただふわふわ浮いていた。世の中と自分の関係がよくわからないで、のんべんぐらりんに暮らしていたのが、急に自分が明瞭になるんです」
「自分が明瞭とは?」
「自分の存在がです。自分が生きているような心持ちが確然と出てくるのです。だから恋は一方から云えば煩悶に相違ないが、しかしこの煩悶を経過しないと自分の存在を生涯悟る事が出来ないのです。この浄罪界に足を入れたものでなければけっして天国へは登れまいと思うのです。ただ楽天だってしようがない。恋の苦みを甞めて人生の意義を確かめた上の楽天でなくっちゃ、うそです。それだから恋の煩悶はけっして他の方法によって解決されない。恋を解決するものは恋よりほかにないです。恋は吾人をして煩悶せしめて、また吾人をして解脱せしむるのである。……」
「そのくらいなところで」
「まだ少しあるんですが……」
「承るのはいいですが、だいぶ多人数の意見を載せるつもりですから、かえってあとから削除すると失礼になりますから」
「そうですか、それじゃそのくらいにして置きましょう。何だかこんな話をするのは始めてですから、さぞ筆記しにくかったでしょう」
「いいえ」


青空文庫現代語化 Home リスト