夏目漱石 『吾輩は猫である』 「探偵と云えば二十世紀の人間はたいてい探偵…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 夏目漱石 『吾輩は猫である』

現代語化

「最近、みんな探偵みたいな傾向があるよね。なんでだろ?」
「お金がないからでしょ」
「芸術がわかんないからでしょ」
「人間が神経質になって、イライラしてるからでしょ」
「それ、俺も考えてみたんだ。今の人の探偵気質は、自分っていうのが強すぎるせいだと思うよ。俺の言う自覚心ってのは、悟りとかそういうんじゃなくて、……」
「なんだかわかんねえなあ。苦沙弥、そんな難しいこと言えるんなら、文句言ってる迷亭にも文明批判できるんじゃねえのか?」
「言わせんなら言えよ。何も言うことねえくせに」
「あるよ、めちゃくちゃあるよ。お前は刑事神様みたいに崇めてたのに、今日は探偵をスリ泥棒呼ばわりして、矛盾しすぎだろ。でも俺は生まれた時から今まで、自分の意見変えたことねえよ」
「刑事は刑事だ。探偵は探偵だ。前は前、今日は今日だ。変わらないのは成長してない証拠だ。バカは変わらないってのはお前のことだな」
「言いがかりだよ。探偵もちゃんとしてると可愛いとこあるじゃん」
「俺が探偵?」
「探偵じゃないから、正直でいいねって話だ。もう喧嘩やめよう。その難しい話、続き聞かせろよ」
「今の人の自覚心ってのは、自分と他人との間に利害がはっきりありすぎるってことなんだ。それで、文明が進めば進むほど、自分のことばっかり考えるようになって、自然に振る舞えなくなる。ヘンリーって人がスティーヴンソンを批評して、『鏡の前を通るたびに自分の姿を見てないと気が済まない』って言ったけど、今の時代を言い当ててるよ。寝ても覚めても自分のことばかり考えてるから、窮屈になって世の中が苦しくなる。若い男女がずっとお見合いしてるみたいにならざるを得ない。ゆとりとか落ち着きって言葉は意味がなくなってる。だから、今の時代の人は探偵的だし、泥棒的なんだ。探偵はバレないようにうまいことやろうとする仕事だから、自覚心が強くないとできない。泥棒も捕まったらどうしようって常に心配してるから、自覚心が強くなる。今の人の場合も、どうすれば得か損か考えてるから、探偵や泥棒みたいに自覚心が強くなるんだ。だから、ずっとソワソワしてて、死ぬまで安心できない。文明の呪いだ。バカバカしいな」
「なるほど、面白い考えだな」
「苦沙弥の説明はよくわかってる。昔の人は『自分を忘れろ』って言ったけど、今は『自分を忘れるな』って言うから全然違う。ずっと自分を意識してるから、落ち着く暇がない。地獄みたいだ。一番いい薬は自分を忘れることだ。『三更の月、無我に入る』ってのはそういう境地を詠んだんだ。今の人の親切心も、実は自分を誇示してるだけ。イギリス人の『ナイス』だって、自覚心が過剰になってるんだ。イギリスの王様とインドの王族が一緒に食事した時に、インドの王族が王様の面前で、自分が慣れてるように手づかみでポテトを取って、あとで恥ずかしがって真っ赤になった。でも、王様は気づかないふりをして、同じように二本指でポテトを取ったんだってさ」
「それがイギリス流ってことですか?」
「こんな話も聞いたよ」

原文 (会話文抽出)

「探偵と云えば二十世紀の人間はたいてい探偵のようになる傾向があるが、どう云う訳だろう」
「物価が高いせいでしょう」
「芸術趣味を解しないからでしょう」
「人間に文明の角が生えて、金米糖のようにいらいらするからさ」
「それは僕が大分考えた事だ。僕の解釈によると当世人の探偵的傾向は全く個人の自覚心の強過ぎるのが原因になっている。僕の自覚心と名づけるのは独仙君の方で云う、見性成仏とか、自己は天地と同一体だとか云う悟道の類ではない。……」
「おや大分むずかしくなって来たようだ。苦沙弥君、君にしてそんな大議論を舌頭に弄する以上は、かく申す迷亭も憚りながら御あとで現代の文明に対する不平を堂々と云うよ」
「勝手に云うがいい、云う事もない癖に」
「ところがある。大にある。君なぞはせんだっては刑事巡査を神のごとく敬い、また今日は探偵をスリ泥棒に比し、まるで矛盾の変怪だが、僕などは終始一貫父母未生以前からただ今に至るまで、かつて自説を変じた事のない男だ」
「刑事は刑事だ。探偵は探偵だ。せんだってはせんだってで今日は今日だ。自説が変らないのは発達しない証拠だ。下愚は移らずと云うのは君の事だ。……」
「これはきびしい。探偵もそうまともにくると可愛いところがある」
「おれが探偵」
「探偵でないから、正直でいいと云うのだよ。喧嘩はおやめおやめ。さあ。その大議論のあとを拝聴しよう」
「今の人の自覚心と云うのは自己と他人の間に截然たる利害の鴻溝があると云う事を知り過ぎていると云う事だ。そうしてこの自覚心なるものは文明が進むにしたがって一日一日と鋭敏になって行くから、しまいには一挙手一投足も自然天然とは出来ないようになる。ヘンレーと云う人がスチーヴンソンを評して彼は鏡のかかった部屋に入って、鏡の前を通る毎に自己の影を写して見なければ気が済まぬほど瞬時も自己を忘るる事の出来ない人だと評したのは、よく今日の趨勢を言いあらわしている。寝てもおれ、覚めてもおれ、このおれが至るところにつけまつわっているから、人間の行為言動が人工的にコセつくばかり、自分で窮屈になるばかり、世の中が苦しくなるばかり、ちょうど見合をする若い男女の心持ちで朝から晩までくらさなければならない。悠々とか従容とか云う字は劃があって意味のない言葉になってしまう。この点において今代の人は探偵的である。泥棒的である。探偵は人の目を掠めて自分だけうまい事をしようと云う商売だから、勢自覚心が強くならなくては出来ん。泥棒も捕まるか、見つかるかと云う心配が念頭を離れる事がないから、勢自覚心が強くならざるを得ない。今の人はどうしたら己れの利になるか、損になるかと寝ても醒めても考えつづけだから、勢探偵泥棒と同じく自覚心が強くならざるを得ない。二六時中キョトキョト、コソコソして墓に入るまで一刻の安心も得ないのは今の人の心だ。文明の咒詛だ。馬鹿馬鹿しい」
「なるほど面白い解釈だ」
「苦沙弥君の説明はよく我意を得ている。昔しの人は己れを忘れろと教えたものだ。今の人は己れを忘れるなと教えるからまるで違う。二六時中己れと云う意識をもって充満している。それだから二六時中太平の時はない。いつでも焦熱地獄だ。天下に何が薬だと云って己れを忘れるより薬な事はない。三更月下入無我とはこの至境を咏じたものさ。今の人は親切をしても自然をかいている。英吉利のナイスなどと自慢する行為も存外自覚心が張り切れそうになっている。英国の天子が印度へ遊びに行って、印度の王族と食卓を共にした時に、その王族が天子の前とも心づかずに、つい自国の我流を出して馬鈴薯を手攫みで皿へとって、あとから真赤になって愧じ入ったら、天子は知らん顔をしてやはり二本指で馬鈴薯を皿へとったそうだ……」
「それが英吉利趣味ですか」
「僕はこんな話を聞いた」


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