夏目漱石 『吾輩は猫である』 「思い切って飛び込んで、頭巾を被ったままヴ…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 夏目漱石 『吾輩は猫である』

現代語化

「思い切って飛び込んで、頭巾を被ったまま『ヴァイオリンください』と言いますと、火鉢の周りに4〜5人の小僧や若僧が集まって話をしていたのが驚いて、口裏を合わせたように私の顔を見ました。私は思わず右手を挙げて頭巾をぐいと前の方に引きました。『おいヴァイオリンをくれ』ともう一度言うと、一番前にいて、私の顔を覗き込むようにしていた小僧が『はい』と頼りない返事をして、立ち上がって例の店先に吊るしてあったのを3〜4本まとめて下ろしてきました。いくらですか?と聞くと5円20銭だと言います……」
「おい、そんな安いヴァイオリンがあるのかい?おもちゃじゃないか?」
「全部同じ値段ですか?と聞くと、『はい、どれを選んでも変わりません。どれも丈夫に丁寧に作ってあります』と言いますから、財布から5円札と銀貨を20銭出して用意しておいた風呂敷を出してヴァイオリンを包みました。この間、店の者は話をやめてじっと私の顔を見ています。顔は頭巾で隠してあるからバレる心配はないのですが、なんだか落ち着かず、1刻も早く外に出たくてたまりませんでした。ようやく風呂敷包を外套の下に入れて、店を出たら、番頭が『ありがとうございました』と声を揃えて大きな声を出したので、びっくりしました。通りに出てちょっと見回してみると、幸い誰もいないようですが、1丁ばかり向こうから2〜3人が町の外まで響くほど詩吟をしています。これは大変だと金善の角を西に折れて堀端を薬王師道へ出て、はんの木村から庚申山の麓へ出てようやく下宿へ帰りました。下宿へ帰って見るともう2時10分前でした」
「夜通し歩いてたようなものだね」
「やっとたどり着いたよ。長い道のりだった」
「ここからが本番ですよ。今までは単なる序章です」
「まだあるのかい?これは大変なことだ。たいていの人は君に会ったら根気負けするね」
「根気はともかく、ここでやめてしまったら『仏を作って魂を入れず』と同じですから、あと少し話します」
「話すのはもちろん自由だよ。聞くことは聞くよ」
「どうです苦沙弥先生も聞いてくださいよ。もうヴァイオリンは買いましたよ。先生」
「今度はヴァイオリンを売るところかい?売るところなんて聞かなくてもいい」
「まだ売る所じゃありません」
「それならなおさら聞かなくてもいい」
「困ったな、東風君、君だけだね、熱心に聞いてくれるのは。ちょっと張り合いがなくなるけどまあ仕方がない、ざっと話してしまうよ」
「ざっとじゃなくてもいいから、ゆっくり話してくれたまえ。すごく面白い」
「ヴァイオリンはようやくの思いで手に入れたけど、まず困ったのは置き場所だね。僕のところには大勢の人が遊びに来るから、目立つ所にぶら下げたり、立てかけたりするとすぐバレてしまう。穴を掘って埋めちゃ掘り出すのも面倒だろう」
「そうか、天井裏に隠したのかい?」
「天井はないよ。百姓家だもの」
「それは困ったね。どこに置きたいんだ?」
「どこに置いたと思う?」
「わからないな。戸袋の中か?」
「いいえ」
「布団にくるんで戸棚にしまったか?」
「いいえ」

原文 (会話文抽出)

「思い切って飛び込んで、頭巾を被ったままヴァイオリンをくれと云いますと、火鉢の周囲に四五人小僧や若僧がかたまって話をしていたのが驚いて、申し合せたように私の顔を見ました。私は思わず右の手を挙げて頭巾をぐいと前の方に引きました。おいヴァイオリンをくれと二度目に云うと、一番前にいて、私の顔を覗き込むようにしていた小僧がへえと覚束ない返事をして、立ち上がって例の店先に吊るしてあったのを三四梃一度に卸して来ました。いくらかと聞くと五円二十銭だと云います……」
「おいそんな安いヴァイオリンがあるのかい。おもちゃじゃないか」
「みんな同価かと聞くと、へえ、どれでも変りはございません。みんな丈夫に念を入れて拵らえてございますと云いますから、蝦蟇口のなかから五円札と銀貨を二十銭出して用意の大風呂敷を出してヴァイオリンを包みました。この間、店のものは話を中止してじっと私の顔を見ています。顔は頭巾でかくしてあるから分る気遣はないのですけれども何だか気がせいて一刻も早く往来へ出たくて堪りません。ようやくの事風呂敷包を外套の下へ入れて、店を出たら、番頭が声を揃えてありがとうと大きな声を出したのにはひやっとしました。往来へ出てちょっと見廻して見ると、幸誰もいないようですが、一丁ばかり向から二三人して町内中に響けとばかり詩吟をして来ます。こいつは大変だと金善の角を西へ折れて濠端を薬王師道へ出て、はんの木村から庚申山の裾へ出てようやく下宿へ帰りました。下宿へ帰って見たらもう二時十分前でした」
「夜通しあるいていたようなものだね」
「やっと上がった。やれやれ長い道中双六だ」
「これからが聞きどころですよ。今までは単に序幕です」
「まだあるのかい。こいつは容易な事じゃない。たいていのものは君に逢っちゃ根気負けをするね」
「根気はとにかく、ここでやめちゃ仏作って魂入れずと一般ですから、もう少し話します」
「話すのは無論随意さ。聞く事は聞くよ」
「どうです苦沙弥先生も御聞きになっては。もうヴァイオリンは買ってしまいましたよ。ええ先生」
「こん度はヴァイオリンを売るところかい。売るところなんか聞かなくってもいい」
「まだ売るどこじゃありません」
「そんならなお聞かなくてもいい」
「どうも困るな、東風君、君だけだね、熱心に聞いてくれるのは。少し張合が抜けるがまあ仕方がない、ざっと話してしまおう」
「ざっとでなくてもいいから緩くり話したまえ。大変面白い」
「ヴァイオリンはようやくの思で手に入れたが、まず第一に困ったのは置き所だね。僕の所へは大分人が遊びにくるから滅多な所へぶらさげたり、立て懸けたりするとすぐ露見してしまう。穴を掘って埋めちゃ掘り出すのが面倒だろう」
「そうさ、天井裏へでも隠したかい」
「天井はないさ。百姓家だもの」
「そりゃ困ったろう。どこへ入れたい」
「どこへ入れたと思う」
「わからないね。戸袋のなかか」
「いいえ」
「夜具にくるんで戸棚へしまったか」
「いいえ」


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