GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。
青空文庫図書カード: 夏目漱石 『吾輩は猫である』
現代語化
「進めたいのは山々だけど、どうしても日が暮れてくれないから困ってるんだよ」
「そう、日が暮れなきゃこっちも聞くのが大変だからやめよう」
「やめられると困ります。これからがいよいよ盛り上がる所ですから」
「それじゃ聞くから、早く日が暮れたことにしたらどうか?」
「では、少し無理なお願いですが、先生のあなたのことですから、無理して、ここは日が暮れたことにしましょうか?」
「それはいい考えだ」
「いよいよ夜になったので、まず一安心とほっと一息ついて鞍懸村の下宿を出ました。私はもともと騒がしいところが嫌いなので、わざと便利な市内を避けて、人通りの少ない寒村の百姓家にしばらく身を潜めていました……」
「人通りの少ないってのは大げさだね」
「身を潜めてってのもオーバーだよ。4畳半くらいにしておいた方がリアルで面白い」
「事実はどうでもいいけど、表現が詩的でいいね」
「そんなところに住んでたら学校へ通うのが大変じゃない?何里くらいあるんですか?」
「学校まではたった4〜5丁です。そもそも学校が寒村にあるんですから……」
「それじゃ学生はあっちにたくさん下宿してるんでしょう?」
「ええ、たいていの百姓家には1人や2人は必ずいます」
「それで人通りが少ないんですか?」
「ええ、学校がなかったら、本当に人通りは少ないですよ。……で、当夜の服装ですが、手織りの木綿の綿入の上に金ボタンの制服外套を着て、外套のフードをすっぽり被って、できるだけ人の目につかないように注意しました。ちょうど柿が落ちる季節で、宿から南郷街道に出るまでは木の葉で道がいっぱいです。一歩進むごとにガサガサするのを気にしてしまいます。誰かがあとをつけて来そうでたまりません。振り返ると東嶺寺の森がこんもりと黒く、暗い中に暗く写っています。この東嶺寺というのは松平家の菩提所で、庚申山の麓にあって、私の宿とは1丁くらいしか離れていない、とても静かなお寺です。森から上は一面の星月夜で、例の天の川が長瀬川を斜めに横切って、最後は――最後は、そうですね、たぶんハワイの方へ流れています……」
「ハワイは突飛だね」
「南郷街道を2丁進んで、鷹台町から市内に来て、古城町を通って、仙石町を曲がって、喰代町を横見て、通町を1丁目、2丁目、3丁目と順に通り過ぎて、それから尾張町、名古屋町、鯱鉾町、蒲鉾町……」
「そんなにいろんな町を通らなくてもいい。要するにヴァイオリンを買ったのか、買わないのか?」
「楽器のある店は金善、つまり金子善兵衛方なので、まだ先です」
「先でもいいから早く買いなさい」
「かしこまりました。それで金善方に来てみると、店にはランプがカンカンと灯っ……」
「またカンカンか、君のカンカンは1度や2度では済まないんだから大変だよ」
「いえ、今度のは本当に1度のカンカンですから、別に心配には及びません。……ランプの光にかざしてみると、例のヴァイオリンが、ほのかに秋の光を反射して、円らかな胴の形に冷たい光を帯びています。強く張った弦の一部だけがきらきらと白く目に入ります。……」
「なかなか文章が上手いね」
「あれだな。あのヴァイオリンだなと思うと、急にドキドキして足がフラフラします……」
「ふーん」
「思わず駆け込んで、巾着から財布を出して、財布の中から5円札を2枚出して……」
「とうとう買ったのかい?」
「買おうと思いましたが、まてしばし、ここが肝心なところだ。軽はずみな行動は失敗のもとだ。まあやめようと、ギリギリのところで思いとどまりました」
「なんだ、まだ買わないのかい。ヴァイオリン1つでなかなか引っ張るじゃないか」
「引っ張るわけじゃないんですけど、どうも、まだ買えないんですから、仕方ありません」
「なぜ?」
「なぜって、まだ日が暮れてなくて人がたくさん通るんです」
「構わないじゃないか。200人や300人が通ったって、君はなかなか変わったやつだな」
「普通の人なら1000人や2000人でも構いませんが、学校の生徒が腕まくりをして、大きなステッキを持って徘徊してるんだから、簡単には手を出せませんよ。中には沈澱党などと称して、いつまでもクラスの底に沈んでふてくされてるやつがいますからね。そんなやつらに限って柔道が強いんです。軽々しくヴァイオリンなんて買っちゃいけない。どんな目に遭うかわかりません。私だってヴァイオリンは欲しいに決まってますけど、命も大事ですからね。ヴァイオリンを弾いて殺されるよりも、弾かずに生きてる方がマシですよ」
「それじゃ、とうとう買わずにやめたんだね?」
「いえ、買ったんです」
「じれったい奴だな。買うなら早く買いなさい。いやならいやでいいから、早く話を終わらせたほうがいいよ」
「へへへへへ、世の中ってのはそんなにこっちの思うとおりにいくもんじゃないですよ」
「朝日」
原文 (会話文抽出)
「そうだろう、芸術家は本来多情多恨だから、泣いた事には同情するが、話はもっと早く進行させたいものだね」
「進行させたいのは山々だが、どうしても日が暮れてくれないものだから困るのさ」
「そう日が暮れなくちゃ聞く方も困るからやめよう」
「やめちゃなお困ります。これからがいよいよ佳境に入るところですから」
「それじゃ聞くから、早く日が暮れた事にしたらよかろう」
「では、少しご無理なご注文ですが、先生の事ですから、枉げて、ここは日が暮れた事に致しましょう」
「それは好都合だ」
「いよいよ夜に入ったので、まず安心とほっと一息ついて鞍懸村の下宿を出ました。私は性来騒々しい所が嫌ですから、わざと便利な市内を避けて、人迹稀な寒村の百姓家にしばらく蝸牛の庵を結んでいたのです……」
「人迹の稀なはあんまり大袈裟だね」
「蝸牛の庵も仰山だよ。床の間なしの四畳半くらいにしておく方が写生的で面白い」
「事実はどうでも言語が詩的で感じがいい」
「そんな所に住んでいては学校へ通うのが大変だろう。何里くらいあるんですか」
「学校まではたった四五丁です。元来学校からして寒村にあるんですから……」
「それじゃ学生はその辺にだいぶ宿をとってるんでしょう」
「ええ、たいていな百姓家には一人や二人は必ずいます」
「それで人迹稀なんですか」
「ええ学校がなかったら、全く人迹は稀ですよ。……で当夜の服装と云うと、手織木綿の綿入の上へ金釦の制服外套を着て、外套の頭巾をすぽりと被ってなるべく人の目につかないような注意をしました。折柄柿落葉の時節で宿から南郷街道へ出るまでは木の葉で路が一杯です。一歩運ぶごとにがさがさするのが気にかかります。誰かあとをつけて来そうでたまりません。振り向いて見ると東嶺寺の森がこんもりと黒く、暗い中に暗く写っています。この東嶺寺と云うのは松平家の菩提所で、庚申山の麓にあって、私の宿とは一丁くらいしか隔っていない、すこぶる幽邃な梵刹です。森から上はのべつ幕なしの星月夜で、例の天の河が長瀬川を筋違に横切って末は――末は、そうですね、まず布哇の方へ流れています……」
「布哇は突飛だね」
「南郷街道をついに二丁来て、鷹台町から市内に這入って、古城町を通って、仙石町を曲って、喰代町を横に見て、通町を一丁目、二丁目、三丁目と順に通り越して、それから尾張町、名古屋町、鯱鉾町、蒲鉾町……」
「そんなにいろいろな町を通らなくてもいい。要するにヴァイオリンを買ったのか、買わないのか」
「楽器のある店は金善即ち金子善兵衛方ですから、まだなかなかです」
「なかなかでもいいから早く買うがいい」
「かしこまりました。それで金善方へ来て見ると、店にはランプがかんかんともって……」
「またかんかんか、君のかんかんは一度や二度で済まないんだから難渋するよ」
「いえ、今度のかんかんは、ほんの通り一返のかんかんですから、別段御心配には及びません。……灯影にすかして見ると例のヴァイオリンが、ほのかに秋の灯を反射して、くり込んだ胴の丸みに冷たい光を帯びています。つよく張った琴線の一部だけがきらきらと白く眼に映ります。……」
「なかなか叙述がうまいや」
「あれだな。あのヴァイオリンだなと思うと、急に動悸がして足がふらふらします……」
「ふふん」
「思わず馳け込んで、隠袋から蝦蟇口を出して、蝦蟇口の中から五円札を二枚出して……」
「とうとう買ったかい」
「買おうと思いましたが、まてしばし、ここが肝心のところだ。滅多な事をしては失敗する。まあよそうと、際どいところで思い留まりました」
「なんだ、まだ買わないのかい。ヴァイオリン一梃でなかなか人を引っ張るじゃないか」
「引っ張る訳じゃないんですが、どうも、まだ買えないんですから仕方がありません」
「なぜ」
「なぜって、まだ宵の口で人が大勢通るんですもの」
「構わんじゃないか、人が二百や三百通ったって、君はよっぽど妙な男だ」
「ただの人なら千が二千でも構いませんがね、学校の生徒が腕まくりをして、大きなステッキを持って徘徊しているんだから容易に手を出せませんよ。中には沈澱党などと号して、いつまでもクラスの底に溜まって喜んでるのがありますからね。そんなのに限って柔道は強いのですよ。滅多にヴァイオリンなどに手出しは出来ません。どんな目に逢うかわかりません。私だってヴァイオリンは欲しいに相違ないですけれども、命はこれでも惜しいですからね。ヴァイオリンを弾いて殺されるよりも、弾かずに生きてる方が楽ですよ」
「それじゃ、とうとう買わずにやめたんだね」
「いえ、買ったのです」
「じれったい男だな。買うなら早く買うさ。いやならいやでいいから、早くかたをつけたらよさそうなものだ」
「えへへへへ、世の中の事はそう、こっちの思うように埒があくもんじゃありませんよ」
「朝日」