夏目漱石 『吾輩は猫である』 「私が毎日毎日店頭を散歩しているうちにとう…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 夏目漱石 『吾輩は猫である』

現代語化

「毎日毎日店頭を散歩しているうちに、とうとうこの不思議な音を3回聞きました。3回目にこれはどうしても買わなきゃいけないと決心しました。たとえ地元から非難されても、他県から軽蔑されても――よし、鉄拳制裁で死んでも――間違って退学させられても――、これだけは買わないわけにはいかないと思いました」
「それが天才だよ。天才じゃないと、そんなにのめり込めないよ。うらやましいな。僕もどうにかして、それほど強烈な気持ちになってみたいと何年も努力してるけど、どうも無理みたいだね。音楽会なんかに行って、できるだけ熱心に聞いてるけど、どうもそれほど感動しない」
「感動しない方がいいよ。今は平気で話せるけど、当時の苦しみは想像もつかないほどすごいものだった。――それから先生、ついに奮発して買いました」
「へえ、どうして?」
「ちょうど11月の天長節の前夜でした。地元の奴らはみんな泊まりがけで温泉に行っちゃって、1人もいません。私は病気だと嘘をついて、その日は学校も休んで寝てました。今夜こそ1度外に出て、かねてから欲しかったヴァイオリンを手に入れようって、布団の中でずっとそのことばかり考えてました」
「仮病を使ってまで学校休んだのかい?」
「まさにそうです」
「なるほど、ちょっと天才かもね」
「布団から首を出してると、日が暮れるのが待ち遠しくてたまりません。仕方なく頭から布団かぶって、目を瞑って待ちましたが、やっぱりダメです。首を出すと強烈な秋の日が、6尺の障子一面に当たって、イライラして怒りが込み上げてきました。上の方に細長い影が固まって、時々秋風に揺れるのが目につきます」
「何だよ、その細長い影って?」
「渋柿の皮を剥いて、軒に吊るしておいたんです」
「ふうん、それから?」
「仕方なく、布団から出て障子を開けて縁側に出ると、渋柿の甘干しを1個取って食べました」
「おいしかったかい?」
「うまいですよ、あっちの柿は。東京じゃ絶対あの味は味わえませんね」
「柿はいいけど、それからどうした?」
「また布団にもぐって目を瞑って、早く日が暮れればいいって、神仏に祈ってました。3〜4時間も経った頃、もう大丈夫だろうって首を出すと、なんと強烈な秋の日が相変わらず6尺の障子を照らしてイライラさせるし、上の方に細長い影が固まってフワフワしてる」
「そりゃもう聞いたよ」
「何度も続きましたよ。布団から出て、障子を開けて、甘干しの柿を1個食べて、また布団にもぐって、早く日が暮れればいいって、神仏に祈ってました」
「結局同じことじゃないか」
「まあ先生、そんなに急かさないで聞いてください。また3〜4時間、布団の中で我慢して、今度こそ大丈夫だろうって首を出してみると、強烈な秋の日が相変わらず6尺の障子一面にあたって、上の方に細長い影が固まってフワフワしてる」
「いつまでたっても同じじゃないか」
「それから布団から出て障子を開けて、縁側に出ると、甘干しの柿を1個食べて……」
「また柿を食べたのかい?いつまでたっても柿ばっかり食っててキリがないね」
「私もイライラしてね」
「君よりこっちがずっとイライラするよ」
「先生が性急だから、話しづらくて困ります」
「聞く方もちょっと困るよ」
「みんなが困ってるなら、仕方ないですね。だいたいにして止めましょう。要するに私は甘干しの柿を食べては布団にもぐり、布団にもぐっては食べて、とうとう軒端に吊るしてたのを全部食べちゃいました」
「全部食べたら日も暮れたろう?」
「ところがそうはいかなくて、最後の甘干しを食べて、もう大丈夫だろうって首を出してみると、相変わらず強烈な秋の日が6尺の障子一面にあたって……」
「もういいよ。いつまでたっても終わらない」
「話してる私も飽き飽きですよ」
「でもそのくらい粘り強ければ、たいていのことは成功するよ。黙ってたら、明日の朝まで秋の日がイライラさせるんだろう。そもそもいつヴァイオリンを買ったんだい?」

原文 (会話文抽出)

「私が毎日毎日店頭を散歩しているうちにとうとうこの霊異な音を三度ききました。三度目にどうあってもこれは買わなければならないと決心しました。仮令国のものから譴責されても、他県のものから軽蔑されても――よし鉄拳制裁のために絶息しても――まかり間違って退校の処分を受けても――、こればかりは買わずにいられないと思いました」
「それが天才だよ。天才でなければ、そんなに思い込める訳のものじゃない。羨しい。僕もどうかして、それほど猛烈な感じを起して見たいと年来心掛けているが、どうもいけないね。音楽会などへ行って出来るだけ熱心に聞いているが、どうもそれほどに感興が乗らない」
「乗らない方が仕合せだよ。今でこそ平気で話すようなもののその時の苦しみはとうてい想像が出来るような種類のものではなかった。――それから先生とうとう奮発して買いました」
「ふむ、どうして」
「ちょうど十一月の天長節の前の晩でした。国のものは揃って泊りがけに温泉に行きましたから、一人もいません。私は病気だと云って、その日は学校も休んで寝ていました。今晩こそ一つ出て行って兼て望みのヴァイオリンを手に入れようと、床の中でその事ばかり考えていました」
「偽病をつかって学校まで休んだのかい」
「全くそうです」
「なるほど少し天才だね、こりゃ」
「夜具の中から首を出していると、日暮れが待遠でたまりません。仕方がないから頭からもぐり込んで、眼を眠って待って見ましたが、やはり駄目です。首を出すと烈しい秋の日が、六尺の障子へ一面にあたって、かんかんするには癇癪が起りました。上の方に細長い影がかたまって、時々秋風にゆすれるのが眼につきます」
「何だい、その細長い影と云うのは」
「渋柿の皮を剥いて、軒へ吊るしておいたのです」
「ふん、それから」
「仕方がないから、床を出て障子をあけて椽側へ出て、渋柿の甘干しを一つ取って食いました」
「うまかったかい」
「うまいですよ、あの辺の柿は。とうてい東京などじゃあの味はわかりませんね」
「柿はいいがそれから、どうしたい」
「それからまたもぐって眼をふさいで、早く日が暮れればいいがと、ひそかに神仏に念じて見た。約三四時間も立ったと思う頃、もうよかろうと、首を出すとあにはからんや烈しい秋の日は依然として六尺の障子を照らしてかんかんする、上の方に細長い影がかたまって、ふわふわする」
「そりゃ、聞いたよ」
「何返もあるんだよ。それから床を出て、障子をあけて、甘干しの柿を一つ食って、また寝床へ這入って、早く日が暮れればいいと、ひそかに神仏に祈念をこらした」
「やっぱりもとのところじゃないか」
「まあ先生そう焦かずに聞いて下さい。それから約三四時間夜具の中で辛抱して、今度こそもうよかろうとぬっと首を出して見ると、烈しい秋の日は依然として六尺の障子へ一面にあたって、上の方に細長い影がかたまって、ふわふわしている」
「いつまで行っても同じ事じゃないか」
「それから床を出て障子を開けて、椽側へ出て甘干しの柿を一つ食って……」
「また柿を食ったのかい。どうもいつまで行っても柿ばかり食ってて際限がないね」
「私もじれったくてね」
「君より聞いてる方がよっぽどじれったいぜ」
「先生はどうも性急だから、話がしにくくって困ります」
「聞く方も少しは困るよ」
「そう諸君が御困りとある以上は仕方がない。たいていにして切り上げましょう。要するに私は甘干しの柿を食ってはもぐり、もぐっては食い、とうとう軒端に吊るした奴をみんな食ってしまいました」
「みんな食ったら日も暮れたろう」
「ところがそう行かないので、私が最後の甘干しを食って、もうよかろうと首を出して見ると、相変らず烈しい秋の日が六尺の障子へ一面にあたって……」
「僕あ、もう御免だ。いつまで行っても果てしがない」
「話す私も飽き飽きします」
「しかしそのくらい根気があればたいていの事業は成就するよ。だまってたら、あしたの朝まで秋の日がかんかんするんだろう。全体いつ頃にヴァイオリンを買う気なんだい」


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