夏目漱石 『吾輩は猫である』 「だって一国中ことごとく黒ければ、黒い方で…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 夏目漱石 『吾輩は猫である』

現代語化

「だって国中みんな黒いんだから、黒いことでナルシストにならないでしょ」
「とにかく女はまったく必要ないものだ」
「そんなこと言うと奥さんがあとで不機嫌になるよ」
「大丈夫だよ」
「いないの?」
「子供を連れて、さっき出かけた」
「それで静かだと思ったわけだ。どこに行ったの?」
「どこだか分からない。勝手に出ていくんだ」
「それで勝手に帰ってくるの?」
「まあそうだ。君は独身でいいね」
「妻を持つとみんなそう思うようになるんだよ。ねえ独仙君、君も奥さん難だろう?」
「えっ?ちょっと待った。46×4=24、25、26、27と。狭いと思ったけど、46目あるんだ。もうちょっと勝ったつもりだったけど、実際はたった18目の差か。――何だって?」
「君も奥さん難だろうと言ってるんだよ」
「ははは、別に難しいことじゃないよ。僕の妻は元々僕を愛してるんだから」
「それはちょっと失礼だな。さすが独仙君だね」
「独仙君だけじゃないよ。そういう例はいくらでもあるよ」
「僕も寒月君に賛成する。僕の考えでは人間が完全な状態になるためには、ただ2つの道しかなくて、その2つの道とは芸術と恋愛だ。夫婦の愛はその1つを表すものだから、人間は必ず結婚して、この幸せを完成させなければ神様の言うとおりにならないと思うんだ。――どうでしょうか先生?」
「素晴らしいご意見です。僕はとても完全な状態にはなれそうにありません」
「奥さんをもらえばなおなれないよ」
「とにかく僕たち未婚の青年は芸術のインスピレーションに触れて、成長する道を切り開かないと人生の意味が分かりませんから、まず最初にヴァイオリンでも習おうと思って、寒月君にさっきから経験談を聞いてるんです」
「そう、ウェルテル君のヴァイオリン物語を拝聴するはずだったね。さあ話してください。もう邪魔はしないから」
「成長する道を切り開くのはヴァイオリンなどでは無理です。そんな遊びばかりしてたら、宇宙の真理がわかるわけがありません。そんなことを知りたいと思ったらやっぱり崖から飛び降りて、死んでから蘇るくらいの気概がないとだめですよ」
「なるほど、そうかもしれませんけど、やっぱり芸術は人間の祈りの究極の形を表したものだと思うので、どうしてもこれは捨てられません」
「捨てるわけにはいかないなら、あなたの望み通り僕のヴァイオリン談を聞かせてあげよう。で今話したとおり、僕もヴァイオリンの練習を始めるまでは苦労しましたよ。まず買うのに困りましたよ先生」
「そうだろう。麻裏草履がない土地にヴァイオリンがあるわけがない」
「いえ、あることはあるんです。お金も前から用意して貯めておいたので問題ないのですが、どうも買えないんです」
「なぜ?」
「狭い土地だから、買っておけばすぐ見つかってしまいます。見つかったら、すぐに生意気だと言って罰せられます」
「天才は昔から迫害を受けるものだからね」
「また天才か、どうか天才呼ばわりだけはご遠慮願いたいですね。それでね、毎日散歩をしてヴァイオリンのある店先を通るたびに、あれが買えたらいいだろうな、あれを手に抱えた心持ちはどんなだろう、ああ欲しい、ああ欲しいと思わない日は1日もなかったんです」
「当然だよね」
「妙にこだわるね」
「やっぱり君、天才だよ」
「そんなところにどうしてヴァイオリンがあるのかが一番不思議かもしれませんけど、これは考えてみると当たり前なんです。なぜかって言うと、この地方にも女子校があって、女子校の生徒は授業で毎日ヴァイオリンの練習をしなければいけないので、あるはずです。もちろんいいものはなくて、ヴァイオリンという名が辛うじてつくくらいのものであります。だから店でもあまり重要視してなくて、2〜3本まとめて店の前に吊るしておくんですね。それがね、時々散歩をして前を通るときに風が吹いたり、小僧の手がぶつかんだりして、音が鳴ることがあります。その音を聞くと急に心臓が破裂しそうになって、いても立ってもいられなくなるんです」
「危険だね。てんかんにはいろいろ種類があるけど、君のはウェルテルらしく、ヴァイオリンてんかんだ」
「いや、そのくらい感覚が鋭くなければ本当の芸術家にはなれませんよ。どうしても天才肌です」
「ああ、実際てんかんかもしれませんが、でもあの音色だけはすごいよ。その後今日までたくさん弾いたけど、あそこまで美しい音が出たことはありません。そうさ、何と表現したらいいでしょうか。とても言い表せません」

原文 (会話文抽出)

「だって一国中ことごとく黒ければ、黒い方で己惚れはしませんか」
「ともかくも女は全然不必要な者だ」
「そんな事を云うと妻君が後でご機嫌がわるいぜ」
「なに大丈夫だ」
「いないのかい」
「小供を連れて、さっき出掛けた」
「どうれで静かだと思った。どこへ行ったのだい」
「どこだか分らない。勝手に出てあるくのだ」
「そうして勝手に帰ってくるのかい」
「まあそうだ。君は独身でいいなあ」
「妻を持つとみんなそう云う気になるのさ。ねえ独仙君、君なども妻君難の方だろう」
「ええ? ちょっと待った。四六二十四、二十五、二十六、二十七と。狭いと思ったら、四十六目あるか。もう少し勝ったつもりだったが、こしらえて見ると、たった十八目の差か。――何だって?」
「君も妻君難だろうと云うのさ」
「アハハハハ別段難でもないさ。僕の妻は元来僕を愛しているのだから」
「そいつは少々失敬した。それでこそ独仙君だ」
「独仙君ばかりじゃありません。そんな例はいくらでもありますよ」
「僕も寒月君に賛成する。僕の考では人間が絶対の域に入るには、ただ二つの道があるばかりで、その二つの道とは芸術と恋だ。夫婦の愛はその一つを代表するものだから、人間は是非結婚をして、この幸福を完うしなければ天意に背く訳だと思うんだ。――がどうでしょう先生」
「御名論だ。僕などはとうてい絶対の境に這入れそうもない」
「妻を貰えばなお這入れやしない」
「ともかくも我々未婚の青年は芸術の霊気にふれて向上の一路を開拓しなければ人生の意義が分からないですから、まず手始めにヴァイオリンでも習おうと思って寒月君にさっきから経験譚をきいているのです」
「そうそう、ウェルテル君のヴァイオリン物語を拝聴するはずだったね。さあ話し給え。もう邪魔はしないから」
「向上の一路はヴァイオリンなどで開ける者ではない。そんな遊戯三昧で宇宙の真理が知れては大変だ。這裡の消息を知ろうと思えばやはり懸崖に手を撒して、絶後に再び蘇える底の気魄がなければ駄目だ」
「へえ、そうかも知れませんが、やはり芸術は人間の渇仰の極致を表わしたものだと思いますから、どうしてもこれを捨てる訳には参りません」
「捨てる訳に行かなければ、お望み通り僕のヴァイオリン談をして聞かせる事にしよう、で今話す通りの次第だから僕もヴァイオリンの稽古をはじめるまでには大分苦心をしたよ。第一買うのに困りましたよ先生」
「そうだろう麻裏草履がない土地にヴァイオリンがあるはずがない」
「いえ、ある事はあるんです。金も前から用意して溜めたから差支えないのですが、どうも買えないのです」
「なぜ?」
「狭い土地だから、買っておればすぐ見つかります。見つかれば、すぐ生意気だと云うので制裁を加えられます」
「天才は昔から迫害を加えられるものだからね」
「また天才か、どうか天才呼ばわりだけは御免蒙りたいね。それでね毎日散歩をしてヴァイオリンのある店先を通るたびにあれが買えたら好かろう、あれを手に抱えた心持ちはどんなだろう、ああ欲しい、ああ欲しいと思わない日は一日もなかったのです」
「もっともだ」
「妙に凝ったものだね」
「やはり君、天才だよ」
「そんな所にどうしてヴァイオリンがあるかが第一ご不審かも知れないですが、これは考えて見ると当り前の事です。なぜと云うとこの地方でも女学校があって、女学校の生徒は課業として毎日ヴァイオリンを稽古しなければならないのですから、あるはずです。無論いいのはありません。ただヴァイオリンと云う名が辛うじてつくくらいのものであります。だから店でもあまり重きをおいていないので、二三梃いっしょに店頭へ吊るしておくのです。それがね、時々散歩をして前を通るときに風が吹きつけたり、小僧の手が障ったりして、そら音を出す事があります。その音を聞くと急に心臓が破裂しそうな心持で、いても立ってもいられなくなるんです」
「危険だね。水癲癇、人癲癇と癲癇にもいろいろ種類があるが君のはウェルテルだけあって、ヴァイオリン癲癇だ」
「いやそのくらい感覚が鋭敏でなければ真の芸術家にはなれないですよ。どうしても天才肌だ」
「ええ実際癲癇かも知れませんが、しかしあの音色だけは奇体ですよ。その後今日まで随分ひきましたがあのくらい美しい音が出た事がありません。そうさ何と形容していいでしょう。とうてい言いあらわせないです」


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