夏目漱石 『吾輩は猫である』 「実は四日ばかり前に国から帰って来たのです…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 夏目漱石 『吾輩は猫である』

現代語化

「実は4日前に帰国したんですけど、いろいろ用事があって、あっちこっち走っていました。それでつい伺えませんでした」
「そんなに急いで来なくてもいいよ」
「急いで来なくてもいいんですけど、このお土産を早く渡さないと心配なので」
「鰹節じゃないか」
「はい、出身地の特産品です」
「特産品だって、東京にもそんなのありそうだよ」
「君だって、鰹節の良し悪しはわからないでしょ」
「ちょっと大きいのが特産品たる所以かね?」
「まあ食べてみてください」
「食べるのは食べるけど、これなんだか先が欠けてるじゃないか」
「だから早く持って来ないと心配だと言ってるんです」
「なぜ?」
「なぜって、そりゃ鼠が食べたんです」
「そいつは危ない。大量に食べるとペストになるよ」
「大丈夫ですよ、そのくらいかじったって害はありません」
「そもそもどこでかじられたんだ?」
「船の中です」
「船の中?なんで?」
「入れるところがなくて、ヴァイオリンと一緒に袋に入れて船に乗ったら、その晩にやられました。鰹節だけならいいんですけど、大切なヴァイオリンの胴を鰹節と間違えて、やはり少しかじられました」
「そそっかしい鼠だな。船の中に住んでると、そう見境がなくなるものかな」
「鼠だから、どに住んでてもそそっかしいんでしょうね。だから下宿に持ってきてもまたやられそうで、危ないので夜寝る時は布団の中に入れっぱなしでした」
「ちょっと汚らしいみたいだよ」
「だから食べる時はちょっと洗ってください」
「ちょっとくらいじゃきれいにならないよ」
「それじゃ灰汁をつけてこすって磨けばいいでしょう」
「ヴァイオリンも一緒に抱いて寝たのか?」
「ヴァイオリンは大きすぎて抱いて寝るわけにはいかないんですけど……」
「なんだって?ヴァイオリンを抱いて寝たって?それは風流だ。行く春や重たき琵琶のだき心って句もあるけど、それは昔の話。明治の秀才はヴァイオリンを抱いて寝なくちゃ古人を超えるわけにはいかないよ。かい巻に長き夜守るやヴァイオリンはどうだい。東風君、新体詩でそんなことが言えますか?」
「新体詩は俳句と違ってそう簡単にできません。でもできた暁には、もう少し生霊の微妙な気持ちが表れると思います」
「そうかね?生霊はおがらを焚いて呼び出すものだと思ってたけど、やっぱり新体詩の力でも来てくれるかい?」
「そんな無駄口を叩くと負けるよ」
「勝ちたくても負けたくても、相手が釜の中のタコみたいに手も足も出せないんだから、僕も暇つぶしにヴァイオリンを弾いてるんだよ」
「今度は君の番だよ。こっちで待ってる」
「え?もう打ったの?」
「打ったよ、とっくに」
「どこへ?」
「この白をはすに延ばした」
「なるほど。この白をはすに延ばして負けにけりか。じゃあこっちはと――こっちは――こっちはこっちはとて暮れにけりと、いい手がないね。君もう1回打って。どこでもいいから1か所打ってみて」
「そんな碁があるものか」
「そんな碁があるもんなら打ってみましょう。――それじゃこの角をちょっと曲げてみようかな。――寒月君、君のヴァイオリンは安物だから鼠が馬鹿にしてかじるんだよ。もっとちゃんとしたのを買いなさいよ。僕、イタリアから300年前の古物を取り寄せてやろうか?」
「ぜひお願いしたい。ついでに払いもしてもらいたいものです」
「そんな古いものが役に立つものか?」
「君は人間の古物とヴァイオリンの古物を同じように考えてるんだろう。人間の古物でも金田さんみたいなのまで人気があるんだから、ヴァイオリンは古いほどいいのさ。――さあ、独仙君、どうか早くしてください。けいさのせりふじゃないけど、秋のは日が暮れるのが早いからね」
「君みたいなせっかちと碁を打つのは苦痛だよ。考える暇もない。仕方ないからここに1か所打って目にしておこう」
「おやおや、とうとう活かしてしまった。惜しいことをしたね。まさかそこへは打たないと思って、いささか無駄話を振って気を散らそうとしていたけど、やっぱりだめか」
「当たり前だよ。君のは打つんじゃない。ごまかしてるんだ」
「それが本因坊流、金田流、現代の紳士流さ。――おい、苦沙弥先生、さすが独仙君は鎌倉に行って万年漬を食べただけあって、物事に動じないね。どうも尊敬します。碁は下手だけど、度は据わってる」
「だから君みたいな度の弱い奴は、少し真似をしたらいい」

原文 (会話文抽出)

「実は四日ばかり前に国から帰って来たのですが、いろいろ用事があって、方々馳けあるいていたものですから、つい上がられなかったのです」
「そう急いでくるには及ばないさ」
「急いで来んでもいいのですけれども、このおみやげを早く献上しないと心配ですから」
「鰹節じゃないか」
「ええ、国の名産です」
「名産だって東京にもそんなのは有りそうだぜ」
「かいだって、鰹節の善悪はわかりませんよ」
「少し大きいのが名産たる所以かね」
「まあ食べて御覧なさい」
「食べる事はどうせ食べるが、こいつは何だか先が欠けてるじゃないか」
「それだから早く持って来ないと心配だと云うのです」
「なぜ?」
「なぜって、そりゃ鼠が食ったのです」
「そいつは危険だ。滅多に食うとペストになるぜ」
「なに大丈夫、そのくらいかじったって害はありません」
「全体どこで噛ったんだい」
「船の中でです」
「船の中? どうして」
「入れる所がなかったから、ヴァイオリンといっしょに袋のなかへ入れて、船へ乗ったら、その晩にやられました。鰹節だけなら、いいのですけれども、大切なヴァイオリンの胴を鰹節と間違えてやはり少々噛りました」
「そそっかしい鼠だね。船の中に住んでると、そう見境がなくなるものかな」
「なに鼠だから、どこに住んでてもそそっかしいのでしょう。だから下宿へ持って来てもまたやられそうでね。剣呑だから夜るは寝床の中へ入れて寝ました」
「少しきたないようだぜ」
「だから食べる時にはちょっとお洗いなさい」
「ちょっとくらいじゃ奇麗にゃなりそうもない」
「それじゃ灰汁でもつけて、ごしごし磨いたらいいでしょう」
「ヴァイオリンも抱いて寝たのかい」
「ヴァイオリンは大き過ぎるから抱いて寝る訳には行かないんですが……」
「なんだって? ヴァイオリンを抱いて寝たって? それは風流だ。行く春や重たき琵琶のだき心と云う句もあるが、それは遠きその上の事だ。明治の秀才はヴァイオリンを抱いて寝なくっちゃ古人を凌ぐ訳には行かないよ。かい巻に長き夜守るやヴァイオリンはどうだい。東風君、新体詩でそんな事が云えるかい」
「新体詩は俳句と違ってそう急には出来ません。しかし出来た暁にはもう少し生霊の機微に触れた妙音が出ます」
「そうかね、生霊はおがらを焚いて迎え奉るものと思ってたが、やっぱり新体詩の力でも御来臨になるかい」
「そんな無駄口を叩くとまた負けるぜ」
「勝ちたくても、負けたくても、相手が釜中の章魚同然手も足も出せないのだから、僕も無聊でやむを得ずヴァイオリンの御仲間を仕るのさ」
「今度は君の番だよ。こっちで待ってるんだ」
「え? もう打ったのかい」
「打ったとも、とうに打ったさ」
「どこへ」
「この白をはすに延ばした」
「なあるほど。この白をはすに延ばして負けにけりか、そんならこっちはと――こっちは――こっちはこっちはとて暮れにけりと、どうもいい手がないね。君もう一返打たしてやるから勝手なところへ一目打ちたまえ」
「そんな碁があるものか」
「そんな碁があるものかなら打ちましょう。――それじゃこのかど地面へちょっと曲がって置くかな。――寒月君、君のヴァイオリンはあんまり安いから鼠が馬鹿にして噛るんだよ、もう少しいいのを奮発して買うさ、僕が以太利亜から三百年前の古物を取り寄せてやろうか」
「どうか願います。ついでにお払いの方も願いたいもので」
「そんな古いものが役に立つものか」
「君は人間の古物とヴァイオリンの古物と同一視しているんだろう。人間の古物でも金田某のごときものは今だに流行しているくらいだから、ヴァイオリンに至っては古いほどがいいのさ。――さあ、独仙君どうか御早く願おう。けいまさのせりふじゃないが秋の日は暮れやすいからね」
「君のようなせわしない男と碁を打つのは苦痛だよ。考える暇も何もありゃしない。仕方がないから、ここへ一目入れて目にしておこう」
「おやおや、とうとう生かしてしまった。惜しい事をしたね。まさかそこへは打つまいと思って、いささか駄弁を振って肝胆を砕いていたが、やッぱり駄目か」
「当り前さ。君のは打つのじゃない。ごまかすのだ」
「それが本因坊流、金田流、当世紳士流さ。――おい苦沙弥先生、さすがに独仙君は鎌倉へ行って万年漬を食っただけあって、物に動じないね。どうも敬々服々だ。碁はまずいが、度胸は据ってる」
「だから君のような度胸のない男は、少し真似をするがいい」


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