夏目漱石 『吾輩は猫である』 「叔母さん今日は」…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 夏目漱石 『吾輩は猫である』

現代語化

「叔母さん、今日は」
「あら、よく早くから……」
「今日はお祭りだから、朝のうちにちょっと寄ろうと思って、8時半頃から家を出て急いで来ました」
「そう、何か用事あるの?」
「いいえ、ただ久しぶりだったので、ちょっとお邪魔しただけなんです」
「ちょっとじゃなくっていいわよ、ゆっくりしていって。今に叔父さんが帰ってくるから」
「叔父さんは、もう、どこへか行かれたの。珍しいですね」
「ええ、今日はね、変なところへ行ったのよ。……警察に行ったの、変でしょう?」
「あら、何で?」
「この春入った泥棒が捕まったんだって」
「それで証人に出されるの?いい迷惑ね」
「まあ、品物が戻ってくるのよ。取られたものがみつかったから取りに来いって、昨日巡査がわざわざ来たもんですから」
「あら、そう、じゃなかったら、こんなに早く叔父さんが出かけるなんてないわね。いつもなら今頃はまだ寝てるはずよ」
「叔父さんほど朝寝坊はないですもの……起こすとご機嫌が悪いのよ。今朝なんか7時までに起こせって言うから、起こしたんです。すると布団に潜って返事もしないんですもの。私は心配だから二度目にまた起こすと、パジャマの袖から何か言うのよ。本当にあきれるわ」
「なんでそんなに眠いの?きっと神経衰弱でしょう?」
「何ですか、それ」
「とにかくすごく怒るのよ。あれでよく学校でやっていけるわね」
「学校ではおとなしいんですって」
「じゃ、家は最悪だわ。まるで鬼閻魔ね」
「どうして?」
「だって鬼閻魔みたいじゃない?」
「怒るだけじゃないのよ。人が右と言えば左、左と言えば右で、何でも人の言う通りにしたことがない、――それってわがままだわ」
「天邪鬼でしょう。叔父さんはそれが自慢なのよ。だから何かさせようと思ったら、逆のことを言えば、こちらの思い通りになるのよ。こないだ蝙蝠傘を買ってもらいたい時にも、『いらない、いらない』って、わざとそう言ったら、『いらないものなんてあるか』って、すぐ買ってくれたのよ」
「はははは、うまいですね。私も今度からそうしよう」
「そうしなさいよ。損はしないわ」
「こないだ保険会社の人が来て、『ぜひ入ってください』って勧めてたでしょ?――いろいろ利点があるって、一時間以上も話してたけど、どうしても入らないのよ。うちは貯蓄もないし、子どもも3人もいるし、せめて保険ぐらい入ってくれればいいのに、そんなことには関心がないみたい」
「そうね、もしものことがあったら心配だわね」
「その話合いを私は聞いてたのよ。保険が必要じゃないかって言うわけじゃないのよ。必要だから保険会社があるんだろうって。でも、死なない限りは保険に入る必要はないって強情を張ってるんです」
「叔父さんが?」
「そうすると保険会社の営業マンが、『それは死ななければ保険会社は必要ありません。でも人間の命なんて丈夫そうに見えても脆いもので、いつ危ないことになるか分かりません』って言うと、叔父さんは、『大丈夫、自分は絶対に死なないって決めてる』って、とんでもないことを言うのよ」
「決心したって、死ぬでしょ。私なんか、絶対に合格するつもりだったのに、結局落ちちゃったわ」
「保険会社の人も同じことを言ってたのよ。『寿命は自分の思い通りにならないんです。決心すれば長生きできるなら、誰も死ななくなるでしょう』って」
「保険会社の人の方が正しいわ」
「正しいのよ。それが分からないの。いや、絶対に死なない。誓って死なないって張ってるのよ」
「変ね」
「変でしょ。すごく変なのよ。保険の掛け金を払うくらいなら銀行に預けた方がいいって、すごい自信なのよ」
「貯金があるの?」
「あるわけないじゃない?自分が死んだあとはどうなってもいいと思ってるのよ」
「本当に心配ね。なんで、そんななんだろう?ここに来る人は、叔父さんみたいな人っていないわね」
「いるものですか。類を見ないですよ」
「鈴木さんに相談して意見を聞いてもらえばいいのよ。鈴木さんなら穏やかな人だから、よっぽど気が楽でしょう」
「ところが鈴木さんは、うちでは評判が悪いのよ」
「みんな逆なのね。じゃ、あの人はいいでしょう――ほらあの落ち着いてる――」
「八木さん?」
「そう」
「八木さんには参ってるの。昨日迷亭さんが来て悪口を言ってたから、思ったほど変わらないかもしれない」
「でも良いじゃないですか。あれだけ鷹揚に落ち着いていれば――こないだ学校で講演をしたそうよ」
「八木さんが?」
「そう」
「八木さんは雪江さんの学校の先生なの?」
「先生じゃないけど、淑徳婦人会のときに招いて、講演してもらったのよ」
「面白かった?」
「そうね、そんなに面白くもなかったわ。だけど、あの先生がすごく顔が長いのよ。それに天神様のような長い髭を生やしてるから、みんな感心して聞いてたのよ」
「どんな講演だったの?」

原文 (会話文抽出)

「叔母さん今日は」
「おや、よく早くから……」
「今日は大祭日ですから、朝のうちにちょっと上がろうと思って、八時半頃から家を出て急いで来たの」
「そう、何か用があるの?」
「いいえ、ただあんまり御無沙汰をしたから、ちょっと上がったの」
「ちょっとでなくっていいから、緩くり遊んでいらっしゃい。今に叔父さんが帰って来ますから」
「叔父さんは、もう、どこへかいらしったの。珍らしいのね」
「ええ今日はね、妙な所へ行ったのよ。……警察へ行ったの、妙でしょう」
「あら、何で?」
「この春這入った泥棒がつらまったんだって」
「それで引き合に出されるの? いい迷惑ね」
「なあに品物が戻るのよ。取られたものが出たから取りに来いって、昨日巡査がわざわざ来たもんですから」
「おや、そう、それでなくっちゃ、こんなに早く叔父さんが出掛ける事はないわね。いつもなら今時分はまだ寝ていらっしゃるんだわ」
「叔父さんほど、寝坊はないんですから……そうして起こすとぷんぷん怒るのよ。今朝なんかも七時までに是非おこせと云うから、起こしたんでしょう。すると夜具の中へ潜って返事もしないんですもの。こっちは心配だから二度目にまたおこすと、夜着の袖から何か云うのよ。本当にあきれ返ってしまうの」
「なぜそんなに眠いんでしょう。きっと神経衰弱なんでしょう」
「何ですか」
「本当にむやみに怒る方ね。あれでよく学校が勤まるのね」
「なに学校じゃおとなしいんですって」
「じゃなお悪るいわ。まるで蒟蒻閻魔ね」
「なぜ?」
「なぜでも蒟蒻閻魔なの。だって蒟蒻閻魔のようじゃありませんか」
「ただ怒るばかりじゃないのよ。人が右と云えば左、左と云えば右で、何でも人の言う通りにした事がない、――そりゃ強情ですよ」
「天探女でしょう。叔父さんはあれが道楽なのよ。だから何かさせようと思ったら、うらを云うと、こっちの思い通りになるのよ。こないだ蝙蝠傘を買ってもらう時にも、いらない、いらないって、わざと云ったら、いらない事があるものかって、すぐ買って下すったの」
「ホホホホ旨いのね。わたしもこれからそうしよう」
「そうなさいよ。それでなくっちゃ損だわ」
「こないだ保険会社の人が来て、是非御這入んなさいって、勧めているんでしょう、――いろいろ訳を言って、こう云う利益があるの、ああ云う利益があるのって、何でも一時間も話をしたんですが、どうしても這入らないの。うちだって貯蓄はなし、こうして小供は三人もあるし、せめて保険へでも這入ってくれるとよっぽど心丈夫なんですけれども、そんな事は少しも構わないんですもの」
「そうね、もしもの事があると不安心だわね」
「その談判を蔭で聞いていると、本当に面白いのよ。なるほど保険の必要も認めないではない。必要なものだから会社も存在しているのだろう。しかし死なない以上は保険に這入る必要はないじゃないかって強情を張っているんです」
「叔父さんが?」
「ええ、すると会社の男が、それは死ななければ無論保険会社はいりません。しかし人間の命と云うものは丈夫なようで脆いもので、知らないうちに、いつ危険が逼っているか分りませんと云うとね、叔父さんは、大丈夫僕は死なない事に決心をしているって、まあ無法な事を云うんですよ」
「決心したって、死ぬわねえ。わたしなんか是非及第するつもりだったけれども、とうとう落第してしまったわ」
「保険社員もそう云うのよ。寿命は自分の自由にはなりません。決心で長が生きが出来るものなら、誰も死ぬものはございませんって」
「保険会社の方が至当ですわ」
「至当でしょう。それがわからないの。いえ決して死なない。誓って死なないって威張るの」
「妙ね」
「妙ですとも、大妙ですわ。保険の掛金を出すくらいなら銀行へ貯金する方が遥かにましだってすまし切っているんですよ」
「貯金があるの?」
「あるもんですか。自分が死んだあとなんか、ちっとも構う考なんかないんですよ」
「本当に心配ね。なぜ、あんななんでしょう、ここへいらっしゃる方だって、叔父さんのようなのは一人もいないわね」
「いるものですか。無類ですよ」
「ちっと鈴木さんにでも頼んで意見でもして貰うといいんですよ。ああ云う穏やかな人だとよっぽど楽ですがねえ」
「ところが鈴木さんは、うちじゃ評判がわるいのよ」
「みんな逆なのね。それじゃ、あの方がいいでしょう――ほらあの落ちついてる――」
「八木さん?」
「ええ」
「八木さんには大分閉口しているんですがね。昨日迷亭さんが来て悪口をいったものだから、思ったほど利かないかも知れない」
「だっていいじゃありませんか。あんな風に鷹揚に落ちついていれば、――こないだ学校で演説をなすったわ」
「八木さんが?」
「ええ」
「八木さんは雪江さんの学校の先生なの」
「いいえ、先生じゃないけども、淑徳婦人会のときに招待して、演説をして頂いたの」
「面白かって?」
「そうね、そんなに面白くもなかったわ。だけども、あの先生が、あんな長い顔なんでしょう。そうして天神様のような髯を生やしているもんだから、みんな感心して聞いていてよ」
「御話しって、どんな御話なの?」


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