GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。
青空文庫図書カード: 夏目漱石 『吾輩は猫である』
現代語化
「金田のお嬢さんが待ってるんだから早く出して安心させてあげたいんですけど、なにしろ問題が問題で、かなりの研究が必要なんですよ」
「そうさ、問題が問題だから簡単にはいかないよね。まああの鼻なら充分意見を聞く価値はあるけど」
「君の論文の問題ってなんとか言ったっけ?」
「『蛙の眼球の電動作用に対する紫外光線の影響』っていうんです」
「それはすごいね。さすがは寒月先生だ、蛙の眼球を揺さぶってるよ。どうだろう苦沙弥君、論文を書き上げる前にその問題だけでも金田家に知らせておいたら?」
「君はそんなことが面倒な研究だって言わないの?」
「ええ、なかなか複雑な問題ですよ。第一、蛙の眼球のレンズの構造がそんなに単純なものじゃないからね。だからいろいろ実験もしなくちゃならないんだけど、まずは丸いガラスの球を作ってそれからやろうと思ってます」
「ガラスの球なんかガラス屋に行けば簡単じゃないか」
「いやいや」
「そもそも円とか直線とかいうのは幾何学的なもので、あの定義通りの理想的な円や直線は現実世界にはないものです」
「ないんだったら、使わなきゃいいじゃないか」
「それで、まず実験上問題ないくらいの球を作って見ようと思ってね。こないだから始めたんです」
「できたの?」
「できるものですか」
「どうも難しいです。だんだん磨いてこっち側の半径がちょっと長いからと思ってそっちを少し削ると、今度は向側が長くなる。それをせっせと削ってようやく磨き終わったと思ったら全体の形が歪になるんです。やっと歪みを直してもまた直径に狂いができます。最初はリンゴくらいの大きさのものがだんだん小さくなってイチゴくらいになります。それでも根気よくやっていると大豆くらいになります。大豆くらいになってもまだ完全な円にはなりませんよ。私も熱心に磨きましたけど――この正月からガラス玉を大小6個くらい磨き潰しました」
「どこでそんなに磨いてるんだい?」
「やっぱり学校の研究室です。朝磨き始めて、お昼に少し休んでそれから暗くなるまで磨くんですけど、なかなか楽じゃないです」
「それじゃ君が最近忙しい忙しいと言ってるのも、毎日日曜日でも学校に行ってるのはその球を磨りに行くんだね」
「まさに最近は朝から晩までガラス玉ばかり磨いています」
「ガラス玉作りの博士になって入り込みしは――てとこだね。でもその熱心さを聞いたら、どんな鼻でも少しはありがたがるだろう。実は先日用事があって図書館に行って帰りに門を出ようとしたら偶然老梅君に会ったのさ。あの男が卒業後に図書館に行くなんてよほど不思議なことだと思って『熱心に勉強してるね』って言ったら、先生変顔をしながら『何、本を読みに来たんじゃないよ。今門の前を通ったら小用がしたくなったから寄ったんだ』って言ったもんだから大笑いをしたよ。でも、老梅君と君は正反対の好例として『新撰蒙求』に絶対に入れるべきだよ」
「君、そう毎日毎日ガラス玉ばかり磨いてるのもいいけど、そもそもいつ頃できるつもりかね?」
「まあこの調子だと10年くらいかかりそうです」
「10年じゃ――もう少し早く磨り上げたほうがいいだろう」
「10年じゃ早いほうです。場合によっては20年くらいかかるかも」
「それは大変だ、そうじゃ簡単に博士になれないじゃないか」
「ええ、一日も早く論文を仕上げて安心させてあげたいのですが、とにかくガラス玉を磨き上げないと肝心の実験ができないんですから……」
「何、そんなにご心配には及びませんよ。金田さんも私のガラス玉作りのことをよくご存知です。実は、2、3日前に行ったときにも事情を話しました」
「それでも金田さんは家族全員で先月から大磯に行ってるじゃないですか」
「それはおかしいな、どうしたんだろう」
原文 (会話文抽出)
「寒月君博士論文はもう脱稿するのかね」
「金田令嬢がお待ちかねだから早々呈出したまえ」
「罪ですからなるべく早く出して安心させてやりたいのですが、何しろ問題が問題で、よほど労力の入る研究を要するのですから」
「そうさ問題が問題だから、そう鼻の言う通りにもならないね。もっともあの鼻なら充分鼻息をうかがうだけの価値はあるがね」
「君の論文の問題は何とか云ったっけな」
「蛙の眼球の電動作用に対する紫外光線の影響と云うのです」
「そりゃ奇だね。さすがは寒月先生だ、蛙の眼球は振ってるよ。どうだろう苦沙弥君、論文脱稿前にその問題だけでも金田家へ報知しておいては」
「君そんな事が骨の折れる研究かね」
「ええ、なかなか複雑な問題です、第一蛙の眼球のレンズの構造がそんな単簡なものでありませんからね。それでいろいろ実験もしなくちゃなりませんがまず丸い硝子の球をこしらえてそれからやろうと思っています」
「硝子の球なんかガラス屋へ行けば訳ないじゃないか」
「どうして――どうして」
「元来円とか直線とか云うのは幾何学的のもので、あの定義に合ったような理想的な円や直線は現実世界にはないもんです」
「ないもんなら、廃したらよかろう」
「それでまず実験上差し支えないくらいな球を作って見ようと思いましてね。せんだってからやり始めたのです」
「出来たかい」
「出来るものですか」
「どうもむずかしいです。だんだん磨って少しこっち側の半径が長過ぎるからと思ってそっちを心持落すと、さあ大変今度は向側が長くなる。そいつを骨を折ってようやく磨り潰したかと思うと全体の形がいびつになるんです。やっとの思いでこのいびつを取るとまた直径に狂いが出来ます。始めは林檎ほどな大きさのものがだんだん小さくなって苺ほどになります。それでも根気よくやっていると大豆ほどになります。大豆ほどになってもまだ完全な円は出来ませんよ。私も随分熱心に磨りましたが――この正月からガラス玉を大小六個磨り潰しましたよ」
「どこでそんなに磨っているんだい」
「やっぱり学校の実験室です、朝磨り始めて、昼飯のときちょっと休んでそれから暗くなるまで磨るんですが、なかなか楽じゃありません」
「それじゃ君が近頃忙がしい忙がしいと云って毎日日曜でも学校へ行くのはその珠を磨りに行くんだね」
「全く目下のところは朝から晩まで珠ばかり磨っています」
「珠作りの博士となって入り込みしは――と云うところだね。しかしその熱心を聞かせたら、いかな鼻でも少しはありがたがるだろう。実は先日僕がある用事があって図書館へ行って帰りに門を出ようとしたら偶然老梅君に出逢ったのさ。あの男が卒業後図書館に足が向くとはよほど不思議な事だと思って感心に勉強するねと云ったら先生妙な顔をして、なに本を読みに来たんじゃない、今門前を通り掛ったらちょっと小用がしたくなったから拝借に立ち寄ったんだと云ったんで大笑をしたが、老梅君と君とは反対の好例として新撰蒙求に是非入れたいよ」
「君そう毎日毎日珠ばかり磨ってるのもよかろうが、元来いつ頃出来上るつもりかね」
「まあこの容子じゃ十年くらいかかりそうです」
「十年じゃ――もう少し早く磨り上げたらよかろう」
「十年じゃ早い方です、事によると廿年くらいかかります」
「そいつは大変だ、それじゃ容易に博士にゃなれないじゃないか」
「ええ一日も早くなって安心さしてやりたいのですがとにかく珠を磨り上げなくっちゃ肝心の実験が出来ませんから……」
「何、そんなにご心配には及びませんよ。金田でも私の珠ばかり磨ってる事はよく承知しています。実は二三日前行った時にもよく事情を話して来ました」
「それでも金田さんは家族中残らず、先月から大磯へ行っていらっしゃるじゃありませんか」
「そりゃ妙ですな、どうしたんだろう」