夏目漱石 『吾輩は猫である』 「それじゃ盗難の時刻は不明なんですな」…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 夏目漱石 『吾輩は猫である』

現代語化

「じゃあ、盗まれた時間は不明ってことですか?」
「まあ、そうですな」
「じゃ、明治38年何月何日、戸締まりして寝たら盗賊がどこそこの雨戸を外してそこから忍び込んで何点盗んで行った、だから告訴するっていう書類書いてください。届けじゃないですよ、告訴です。宛先はなくていいです」
「盗まれたものを全部書かないといけないんですか?」
「そうです。羽織何枚でいくら、みたいな感じでリストにしてください。――いや、中に入ってもムダです。盗られた後なんだから」
「これから盗難告訴書くから、盗まれたもの全部言え。早く言え」
「あら、嫌だ。早く言えだなんて、そんな強引に誰が言いますか」
「その態度はなんだ、安宿の女郎の落ちこぼれみたいじゃないか。なぜ帯を締めて出てこない」
「これでダメだったら買ってください。安宿の女郎でも何でも、盗まれたら仕方ないじゃないですか」
「帯まで持って行ったのか、酷い奴だな。じゃあ帯から書き出そう。帯ってどんな帯だ」
「どんな帯って、そんなに何本もあるわけじゃないでしょ。黒の繻子と縮緬を合わせた帯です」
「黒の繻子と縮緬を合わせた帯1枚――値段はいくらくらいだ」
「6円くらいでしょう」
「生意気にも高い帯締めてるな。今度からは1円50銭くらいのにしておけ」
「そんな帯なんて売ってないですよ。だからあなたは無神経だと言われるんです。奥さんなんかは、どんなに汚い格好をしてても、自分さえ良ければ平気なんだろう」
「まあいいや、それから何だ」
「糸織の羽織です。あれは河野の叔母さんから形見で貰ったもので、最近の糸織とは全然違います」
「そんなうんちくはいいから。値段はいくらだ」
「15円」
「15円の羽織なんて身分不相応だな」
「いいじゃないですか、あなたに買ってもらったわけじゃないですし」
「その次は何だ」
「黒足袋が1足」
「あなたの?」
「あなたのでしょ。値段は27銭」
「それから?」
「山の芋が1箱」
「山の芋まで持って行ったのか。煮て食うつもりか、とろろ汁にするつもりか」
「どうするつもりかは知りません。泥棒のとこに行って聞いてきてください」
「いくらするか」
「山の芋の値段なんて知りません」
「じゃあ12円50銭くらいにしておこう」
「バカバカしいじゃないですか。唐津から掘り起こしてきた山の芋が12円50銭なんてあり得ないですよ」
「でもお前は値段を知らないって言ったじゃないか」
「知りませんが、12円50銭なんて法外ですよ」
「知らないくせに12円50銭は法外だって何だ。論理が破綻してる。だからお前はオタンチン・パレオロガスなんだよ」
「何ですって?」
「オタンチン・パレオロガスだよ」
「オタンチン・パレオロガスってどういう意味ですか?」
「何でもいいんだよ。それからあとは――俺の着物は出てこねえのか」
「あとはどうでもいいです。オタンチン・パレオロガスの意味を教えてください」
「意味なんてないよ」
「教えてくれたっていいじゃないですか。あなたは私をすごくバカにしてるのが本当によくわかります。私が英語を知らないと思って悪口を言ってるんでしょう?」
「くだらないことを言うな。早く続きを言え。早く告訴状を書かないと品物が戻ってこないぞ」
「どうせ今さら告訴状を出しても間に合いません。それよりオタンチン・パレオロガスを教えてください」
「うるさい女だな。意味なんてないって言ってるのに」
「じゃあ、品物の方もあとはありません」
「頑固だな。勝手にしろ。俺はもう盗難告訴なんか書いてやらねえから」
「私も品数を教えるつもりはありません。告訴状はあなたが自分で書くものなんだから、書いてもらわなくても困りません」
「じゃあ、やめにしよう」

原文 (会話文抽出)

「それじゃ盗難の時刻は不明なんですな」
「まあ、そうですな」
「じゃあね、明治三十八年何月何日戸締りをして寝たところが盗賊が、どこそこの雨戸を外してどこそこに忍び込んで品物を何点盗んで行ったから右告訴及候也という書面をお出しなさい。届ではない告訴です。名宛はない方がいい」
「品物は一々かくんですか」
「ええ羽織何点代価いくらと云う風に表にして出すんです。――いや這入って見たって仕方がない。盗られたあとなんだから」
「これから盗難告訴をかくから、盗られたものを一々云え。さあ云え」
「あら厭だ、さあ云えだなんて、そんな権柄ずくで誰が云うもんですか」
「その風はなんだ、宿場女郎の出来損い見たようだ。なぜ帯をしめて出て来ん」
「これで悪るければ買って下さい。宿場女郎でも何でも盗られりゃ仕方がないじゃありませんか」
「帯までとって行ったのか、苛い奴だ。それじゃ帯から書き付けてやろう。帯はどんな帯だ」
「どんな帯って、そんなに何本もあるもんですか、黒繻子と縮緬の腹合せの帯です」
「黒繻子と縮緬の腹合せの帯一筋――価はいくらくらいだ」
「六円くらいでしょう」
「生意気に高い帯をしめてるな。今度から一円五十銭くらいのにしておけ」
「そんな帯があるものですか。それだからあなたは不人情だと云うんです。女房なんどは、どんな汚ない風をしていても、自分さい宜けりゃ、構わないんでしょう」
「まあいいや、それから何だ」
「糸織の羽織です、あれは河野の叔母さんの形身にもらったんで、同じ糸織でも今の糸織とは、たちが違います」
「そんな講釈は聞かんでもいい。値段はいくらだ」
「十五円」
「十五円の羽織を着るなんて身分不相当だ」
「いいじゃありませんか、あなたに買っていただきゃあしまいし」
「その次は何だ」
「黒足袋が一足」
「御前のか」
「あなたんでさあね。代価が二十七銭」
「それから?」
「山の芋が一箱」
「山の芋まで持って行ったのか。煮て食うつもりか、とろろ汁にするつもりか」
「どうするつもりか知りません。泥棒のところへ行って聞いていらっしゃい」
「いくらするか」
「山の芋のねだんまでは知りません」
「そんなら十二円五十銭くらいにしておこう」
「馬鹿馬鹿しいじゃありませんか、いくら唐津から掘って来たって山の芋が十二円五十銭してたまるもんですか」
「しかし御前は知らんと云うじゃないか」
「知りませんわ、知りませんが十二円五十銭なんて法外ですもの」
「知らんけれども十二円五十銭は法外だとは何だ。まるで論理に合わん。それだから貴様はオタンチン・パレオロガスだと云うんだ」
「何ですって」
「オタンチン・パレオロガスだよ」
「何ですそのオタンチン・パレオロガスって云うのは」
「何でもいい。それからあとは――俺の着物は一向出て来んじゃないか」
「あとは何でも宜うござんす。オタンチン・パレオロガスの意味を聞かして頂戴」
「意味も何にもあるもんか」
「教えて下すってもいいじゃありませんか、あなたはよっぽど私を馬鹿にしていらっしゃるのね。きっと人が英語を知らないと思って悪口をおっしゃったんだよ」
「愚な事を言わんで、早くあとを云うが好い。早く告訴をせんと品物が返らんぞ」
「どうせ今から告訴をしたって間に合いやしません。それよりか、オタンチン・パレオロガスを教えて頂戴」
「うるさい女だな、意味も何にも無いと云うに」
「そんなら、品物の方もあとはありません」
「頑愚だな。それでは勝手にするがいい。俺はもう盗難告訴を書いてやらんから」
「私も品数を教えて上げません。告訴はあなたが御自分でなさるんですから、私は書いていただかないでも困りません」
「それじゃ廃そう」


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