GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。
青空文庫図書カード: 夏目漱石 『吾輩は猫である』
現代語化
「曾呂崎が電車に乗ったら、乗るたびに品川まで行ってしまうだろう。それより天然居士で沢庵石に刻まれたままの方がいい」
「曾呂崎が死んだらしい。残念だな。頭は良かったが、もったいない」
「頭は良かったけど、ご飯を炊くのが下手だった。曾呂崎の当番の時は、俺も外出して蕎麦で済ませた」
「マジ、曾呂崎のご飯は焦げてて食えなかった。おかずによく豆腐を生で出すんだけど、冷たくて食えねえ」
「苦沙弥は昔から曾呂崎の親友で、毎晩一緒に汁粉を食べてた。そのせいで今は慢性的な胃弱に苦しんでる。ま、汁粉を食った回数が多いから曾呂崎より先に死ぬのが当然なんだ」
「そんな理屈がねえだろ。俺の汁粉よりお前の運動の方がやばいだろ。毎晩竹刀持って墓場に石塔を叩いて、和尚に見つかって怒られたじゃねえか」
「ははは、そうだったな。和尚が『仏様の頭を叩くな』って注意してたっけ。でも俺のは竹刀だけど、鈴木将軍のはもっとひどい。石塔と相撲とって、3つも転がしちゃったんだぜ」
「あの時の和尚の怒り方はすげえかった。石塔を起こせって言うから、『人足雇うまで待ってくれ』って言ったら、『人足じゃダメだ。仏の意に背くから自分で起こせ』って言うんだ」
「その時のお前の姿はひでえもんだ。金巾のシャツに褌だけして、雨上がりの水たまりの中でうめいてたな」
「それをさ、お前が平然と写生するんだから腹立つ。俺はそんな腹を立てたことねえけど、あの時はマジである意味尊敬したよ。お前が言ったこと、覚えてる?」
「10年前のことは覚えてねえよ。でも石塔に『黄鶴大居士』って彫られてたのは覚えてる。あの石塔、かっこよかったよな。引っ越す時に盗んで行きたかったくらいだ。美学的に完璧だった」
「まあいいけど、お前が言ったことだ。こうだぜ。『俺は美学を勉強してるし、世の中のおもしろいことは写生して記録しとく必要あるんだ。気の毒だの可哀想だのという感情は、学問に忠実な俺には関係ねえ』って言ってんだろ。俺は『そんな冷たいこと言うな』って腹が立って、お前の写生帳を破っちまった」
「俺の有望な画才がダメになったのも、あの時からだ。お前に調子を狂わされたんだ。だから俺は恨んでる」
「ふざけんなよ。こっちだって恨んでるわ」
「迷亭は昔から嘘つきだったな」
「約束なんて守ったことない。それで責められると、『失念した』とか『蚊に食われた』とかごまかす。寺の境内に百日紅が咲いてた時、『百日紅が散るまでに美学原論を書く』って言うから、『無理だろ』って言ったんだけど、迷亭は『俺は意志が強いんだ、疑うなら賭けよう』って言うから、本当だと思って西洋料理を奢る約束したんだ。でもあいつ、原稿を書く気なんてさらさらなくて、結局百日紅が散っても1行も書かなかった。『約束果たせ』って言ったら、あっさり『忘れてた』って言うんだ」
「またわけのわからん理屈つけたのか?」
「ああ、それがまた厚かましいんだ。『俺は意志は強いけど記憶力が弱い。美学原論を書こうと思ったのは本当だけど、発表してから忘れてしまった。だから書けなかったのは俺の意志のせいじゃなく、記憶力のせいだ。だから西洋料理を奢る必要ねえ』って開き直ったんだ」
「なるほど、迷亭らしいな」
「何が面白いんだ」
「御愁傷様。それで埋め合わせに孔雀の舌を探してるんだろ。怒るなよ。でもさ、原稿といえば、今日超重要な情報を仕入れたよ」
「お前はいつも大げさな情報ばっかもってくるから信用できねえ」
「でも今回のはマジ珍報だ。値段なしの超お買い得珍報だ。寒月が博士論文の原稿を書いてるんだって。寒月みたいな堅物が博士論文なんて書くわけないと思ってたけど、意外と色気があるんだな。お前も鼻息荒くして喜ぶだろう。最近、団栗博士の夢でも見てるんじゃないか」
原文 (会話文抽出)
「株などはどうでも構わんが、僕は曾呂崎に一度でいいから電車へ乗らしてやりたかった」
「曾呂崎が電車へ乗ったら、乗るたんびに品川まで行ってしまうは、それよりやっぱり天然居士で沢庵石へ彫り付けられてる方が無事でいい」
「曾呂崎と云えば死んだそうだな。気の毒だねえ、いい頭の男だったが惜しい事をした」
「頭は善かったが、飯を焚く事は一番下手だったぜ。曾呂崎の当番の時には、僕あいつでも外出をして蕎麦で凌いでいた」
「ほんとに曾呂崎の焚いた飯は焦げくさくって心があって僕も弱った。御負けに御菜に必ず豆腐をなまで食わせるんだから、冷たくて食われやせん」
「苦沙弥はあの時代から曾呂崎の親友で毎晩いっしょに汁粉を食いに出たが、その祟りで今じゃ慢性胃弱になって苦しんでいるんだ。実を云うと苦沙弥の方が汁粉の数を余計食ってるから曾呂崎より先へ死んで宜い訳なんだ」
「そんな論理がどこの国にあるものか。俺の汁粉より君は運動と号して、毎晩竹刀を持って裏の卵塔婆へ出て、石塔を叩いてるところを坊主に見つかって剣突を食ったじゃないか」
「アハハハそうそう坊主が仏様の頭を叩いては安眠の妨害になるからよしてくれって言ったっけ。しかし僕のは竹刀だが、この鈴木将軍のは手暴だぜ。石塔と相撲をとって大小三個ばかり転がしてしまったんだから」
「あの時の坊主の怒り方は実に烈しかった。是非元のように起せと云うから人足を傭うまで待ってくれと云ったら人足じゃいかん懺悔の意を表するためにあなたが自身で起さなくては仏の意に背くと云うんだからね」
「その時の君の風采はなかったぜ、金巾のしゃつに越中褌で雨上りの水溜りの中でうんうん唸って……」
「それを君がすました顔で写生するんだから苛い。僕はあまり腹を立てた事のない男だが、あの時ばかりは失敬だと心から思ったよ。あの時の君の言草をまだ覚えているが君は知ってるか」
「十年前の言草なんか誰が覚えているものか、しかしあの石塔に帰泉院殿黄鶴大居士安永五年辰正月と彫ってあったのだけはいまだに記憶している。あの石塔は古雅に出来ていたよ。引き越す時に盗んで行きたかったくらいだ。実に美学上の原理に叶って、ゴシック趣味な石塔だった」
「そりゃいいが、君の言草がさ。こうだぜ――吾輩は美学を専攻するつもりだから天地間の面白い出来事はなるべく写生しておいて将来の参考に供さなければならん、気の毒だの、可哀相だのと云う私情は学問に忠実なる吾輩ごときものの口にすべきところでないと平気で云うのだろう。僕もあんまりな不人情な男だと思ったから泥だらけの手で君の写生帖を引き裂いてしまった」
「僕の有望な画才が頓挫して一向振わなくなったのも全くあの時からだ。君に機鋒を折られたのだね。僕は君に恨がある」
「馬鹿にしちゃいけない。こっちが恨めしいくらいだ」
「迷亭はあの時分から法螺吹だったな」
「約束なんか履行した事がない。それで詰問を受けると決して詫びた事がない何とか蚊とか云う。あの寺の境内に百日紅が咲いていた時分、この百日紅が散るまでに美学原論と云う著述をすると云うから、駄目だ、到底出来る気遣はないと云ったのさ。すると迷亭の答えに僕はこう見えても見掛けに寄らぬ意志の強い男である、そんなに疑うなら賭をしようと云うから僕は真面目に受けて何でも神田の西洋料理を奢りっこかなにかに極めた。きっと書物なんか書く気遣はないと思ったから賭をしたようなものの内心は少々恐ろしかった。僕に西洋料理なんか奢る金はないんだからな。ところが先生一向稿を起す景色がない。七日立っても二十日立っても一枚も書かない。いよいよ百日紅が散って一輪の花もなくなっても当人平気でいるから、いよいよ西洋料理に有りついたなと思って契約履行を逼ると迷亭すまして取り合わない」
「また何とか理窟をつけたのかね」
「うん、実にずうずうしい男だ。吾輩はほかに能はないが意志だけは決して君方に負けはせんと剛情を張るのさ」
「一枚も書かんのにか」
「無論さ、その時君はこう云ったぜ。吾輩は意志の一点においてはあえて何人にも一歩も譲らん。しかし残念な事には記憶が人一倍無い。美学原論を著わそうとする意志は充分あったのだがその意志を君に発表した翌日から忘れてしまった。それだから百日紅の散るまでに著書が出来なかったのは記憶の罪で意志の罪ではない。意志の罪でない以上は西洋料理などを奢る理由がないと威張っているのさ」
「なるほど迷亭君一流の特色を発揮して面白い」
「何が面白いものか」
「それは御気の毒様、それだからその埋合せをするために孔雀の舌なんかを金と太鼓で探しているじゃないか。まあそう怒らずに待っているさ。しかし著書と云えば君、今日は一大珍報を齎らして来たんだよ」
「君はくるたびに珍報を齎らす男だから油断が出来ん」
「ところが今日の珍報は真の珍報さ。正札付一厘も引けなしの珍報さ。君寒月が博士論文の稿を起したのを知っているか。寒月はあんな妙に見識張った男だから博士論文なんて無趣味な労力はやるまいと思ったら、あれでやっぱり色気があるからおかしいじゃないか。君あの鼻に是非通知してやるがいい、この頃は団栗博士の夢でも見ているかも知れない」