夏目漱石 『吾輩は猫である』 「君、越智東風の高輪事件を聞いたかい」…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 夏目漱石 『吾輩は猫である』

現代語化

「おっす、越智東風ってやつ、高輪でやらかしたらしいぜ」
「知らねぇよ、最近会ってないから」
「今日あいつの大失敗談を教えに来たんだよ。忙しいのにわざわざ」
「また大げさな。お前ってほんとふざけてるな」
「ははは、ふざけてるんじゃなくて無謀って言うんだ。そのくらいは区別してくれよ。名誉に関わるから」
「一緒でしょ」
「こないだの日曜、東風が泉岳寺に行ったんだって。寒いのになんで行ったのか知らねぇ。そもそも泉岳寺になんか行くやつってのは、東京のことわかってなさすぎる田舎もんじゃん」
「それは東風の勝手だろ。お前がとやかく言う権利はねぇよ」
「確かに、権利はないわ。でもさ、あの寺に義士の遺物展ってのがあって、知ってる?」
「知らねぇ」
「知らねぇって?行ったことあるだろ?」
「ねぇよ」
「ねぇ?びっくりだなぁ。そりゃ東風をかばうわけだ。江戸っ子が泉岳寺知らねぇなんて情けない」
「知らなくたって教師できるわ」
「そりゃそうだけど、その展覧会に東風が入って見てたら、ドイツ人の夫婦が来てさ。最初は日本語で質問したらしいけど、先生ったらドイツ語しゃべりたい一心でペラペラ回答したんだって。そしたら意外とうまくいったみたいで、後で考えるとそれがヤバかったらしいんだよ」
「で、どうしたの?」
「ドイツ人が大鷹源吾の蒔絵の印籠を見て、買いたかったみたいなんだって。そしたら東風、日本人ってのは清廉潔白だから売らないって答えたんだと。そこまでは調子がよかったけど、その後、ドイツ人がめちゃくちゃ質問してくるわけよ」
「何?」
「それがさ、聞き取れれば苦労しないんだけど、早口でまくし立てられてまったくわかんねぇのさ。たまにわかるのが、鳶口とか掛矢とか。西洋の鳶口なんて習ったことないから、どう翻訳していいか困ったらしい」
「それもそうだよな」
「そしたら周りに人が集まってきて、東風とドイツ人を囲んで見てるわけ。東風は真っ赤になってどもりだしちゃって。最初に張り切ってたのに、最後はボロ負け状態」
「結局どうなったの?」
「東風が限界になったみたいで、最後には『さよなら』って日本語で言って帰ってきたんだって。でも『さよなら』って変だよね?『さよなら』を『さいなら』って言ったんだって。相手が西洋人だから調和を考えたんだと。東風ってやつは大変なときでも、調和を忘れないんだなぁ」
「『さよなら』はいいけど、西洋人はどうなったの?」
「西洋人はポカ〜ンとしてたみたいよ。ははは。何が面白いのか、よくわかんないけど」
「別におもしろいことじゃないだろ。わざわざ教えにくるお前の方がよっぽどおもしろいわ」

原文 (会話文抽出)

「君、越智東風の高輪事件を聞いたかい」
「知らん、近頃は合わんから」
「きょうはその東風子の失策物語を御報道に及ぼうと思って忙しいところをわざわざ来たんだよ」
「またそんな仰山な事を云う、君は全体不埒な男だ」
「ハハハハハ不埒と云わんよりむしろ無埒の方だろう。それだけはちょっと区別しておいて貰わんと名誉に関係するからな」
「おんなし事だ」
「この前の日曜に東風子が高輪泉岳寺に行ったんだそうだ。この寒いのによせばいいのに――第一今時泉岳寺などへ参るのはさも東京を知らない、田舎者のようじゃないか」
「それは東風の勝手さ。君がそれを留める権利はない」
「なるほど権利は正にない。権利はどうでもいいが、あの寺内に義士遺物保存会と云う見世物があるだろう。君知ってるか」
「うんにゃ」
「知らない? だって泉岳寺へ行った事はあるだろう」
「いいや」
「ない? こりゃ驚ろいた。道理で大変東風を弁護すると思った。江戸っ子が泉岳寺を知らないのは情けない」
「知らなくても教師は務まるからな」
「そりゃ好いが、その展覧場へ東風が這入って見物していると、そこへ独逸人が夫婦連で来たんだって。それが最初は日本語で東風に何か質問したそうだ。ところが先生例の通り独逸語が使って見たくてたまらん男だろう。そら二口三口べらべらやって見たとさ。すると存外うまく出来たんだ――あとで考えるとそれが災の本さね」
「それからどうした」
「独逸人が大鷹源吾の蒔絵の印籠を見て、これを買いたいが売ってくれるだろうかと聞くんだそうだ。その時東風の返事が面白いじゃないか、日本人は清廉の君子ばかりだから到底駄目だと云ったんだとさ。その辺は大分景気がよかったが、それから独逸人の方では恰好な通弁を得たつもりでしきりに聞くそうだ」
「何を?」
「それがさ、何だか分るくらいなら心配はないんだが、早口で無暗に問い掛けるものだから少しも要領を得ないのさ。たまに分るかと思うと鳶口や掛矢の事を聞かれる。西洋の鳶口や掛矢は先生何と翻訳して善いのか習った事が無いんだから弱わらあね」
「もっともだ」
「ところへ閑人が物珍しそうにぽつぽつ集ってくる。仕舞には東風と独逸人を四方から取り巻いて見物する。東風は顔を赤くしてへどもどする。初めの勢に引き易えて先生大弱りの体さ」
「結局どうなったんだい」
「仕舞に東風が我慢出来なくなったと見えてさいならと日本語で云ってぐんぐん帰って来たそうだ、さいならは少し変だ君の国ではさよならをさいならと云うかって聞いて見たら何やっぱりさよならですが相手が西洋人だから調和を計るために、さいならにしたんだって、東風子は苦しい時でも調和を忘れない男だと感心した」
「さいならはいいが西洋人はどうした」
「西洋人はあっけに取られて茫然と見ていたそうだハハハハ面白いじゃないか」
「別段面白い事もないようだ。それをわざわざ報知に来る君の方がよっぽど面白いぜ」


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