夏目漱石 『明暗』 「なければどこからその疑いが出て来たんです…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 夏目漱石 『明暗』

現代語化

「ないならなんで疑ったの」
「もし疑うのが悪かったら、謝ります。そしてやめます」
「でももう疑ったじゃない」
「だって仕方ないじゃない。疑ったのは事実よ。その事実を白状したのも事実よ。いくら謝ったって、事実を取り消せるわけないじゃない」
「だからその事実を教えてよ」
「もう言ったじゃない」
「半分か3分の1でしょ。全部聞きたいの」
「困るわ。どう答えればいいのかしら」
「簡単でしょ。こういう理由があるから、そういう疑いが生まれたんだって、一言言えば済むことよ」
「ああ、それが聞きたいの」
「もちろんだよ。さっきからそれを聞きたくて、ここまでしつこく付きまとってるんじゃないの。それを隠そうとするから――」
「ならそうとはっきり言ってよ。私が隠してるわけじゃないわ、そんなの。理由は単純よ。あなたはそういうことをする人だから」
「待ち伏せを?」
「ええ」
「冗談じゃない」
「でも私の見たあなたはそういう人なんだから仕方ないでしょ。嘘でも偽りでもないんだから」
「なるほど」
「なんか議論みたいになっちゃったわね。私はあなたと問答するために来たわけじゃないんだけど」
「私もそんなつもりはなかったの。ついそうなっちゃったんだから仕方がないわ」
「仕方がないのは認めるよ。つまり俺があんまり追及したからでしょ」
「そうね」
「じゃそのついでに、もう1つ答えてよ」
「いいわよ」
「何もかも忘れてるのかな、この人」
「でも昨夜階段の上で、あなたは青ざめたじゃない」
「青ざめたんだろうね。自分の顔は見えないからわからないけど、あなたが青ざめたと言うなら、そうなんだろうわ」
「へー、じゃあ私の目には映ったあなたはまだ嘘つきじゃなかったのね。ありがたい。私が認めたことをあなたも認めてくれるんだね」
「認めないわけにはいかないわ、本当に青ざめたんだから」
「そう。――それから固くなったよね」
「ええ、固くなったのは自分でもわかったわ。もう少し我慢してたら倒れそうだったくらい」
「つまり驚いたんだろ」
「え、すごく驚いたわ」
「で」

原文 (会話文抽出)

「なければどこからその疑いが出て来たんです」
「もし疑ぐるのが悪ければ、謝まります。そうして止します」
「だけど、もう疑ったんじゃありませんか」
「だってそりゃ仕方がないわ。疑ったのは事実ですもの。その事実を白状したのも事実ですもの。いくら謝まったってどうしたって事実を取り消す訳には行かないんですもの」
「だからその事実を聴かせて下さればいいんです」
「事実はすでに申し上げたじゃないの」
「それは事実の半分か、三分一です。僕はその全部が聴きたいんです」
「困るわね。何といってお返事をしたらいいんでしょう」
「訳ないじゃありませんか、こういう理由があるから、そういう疑いを起したんだって云いさえすれば、たった一口で済んじまう事です」
「ああ、それがお聴きになりたいの」
「無論です。先刻からそれが伺いたければこそ、こうしてしつこくあなたを煩わせているんじゃありませんか。それをあなたが隠そうとなさるから――」
「そんならそうと早くおっしゃればいいのに、私隠しも何にもしませんわ、そんな事。理由は何でもないのよ。ただあなたはそういう事をなさる方なのよ」
「待伏せをですか」
「ええ」
「馬鹿にしちゃいけません」
「でも私の見たあなたはそういう方なんだから仕方がないわ。嘘でも偽りでもないんですもの」
「なるほど」
「何だか話が議論のようになってしまいましたね。僕はあなたと問答をするために来たんじゃなかったのに」
「私にもそんな気はちっともなかったの。つい自然そこへ持って行かれてしまったんだから故意じゃないのよ」
「故意でない事は僕も認めます。つまり僕があんまりあなたを問いつめたからなんでしょう」
「まあそうね」
「じゃ問答ついでに、もう一つ答えてくれませんか」
「ええ何なりと」
「何もかももう忘れているんだ、この人は」
「しかし昨夕階子段の上で、あなたは蒼くなったじゃありませんか」
「なったでしょう。自分の顔は見えないから分りませんけれども、あなたが蒼くなったとおっしゃれば、それに違ないわ」
「へえ、するとあなたの眼に映ずる僕はまだ全くの嘘吐でもなかったんですね、ありがたい。僕の認めた事実をあなたも承認して下さるんですね」
「承認しなくっても、実際蒼くなったら仕方がないわ、あなた」
「そう。――それから硬くなりましたね」
「ええ、硬くなったのは自分にも分っていましたわ。もう少しあのままで我慢していたら倒れたかも知れないと思ったくらいですもの」
「つまり驚ろいたんでしょう」
「ええずいぶん吃驚したわ」
「それで」


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