夏目漱石 『明暗』 「原君は好い絵を描くよ、君。一枚買ってやり…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 夏目漱石 『明暗』

現代語化

「原君はいい絵を描くぜ、お前。一枚買ってやれよ。今困ってるみたいだから、可哀想だ」
「そうか」
「どうだ、この次の日曜あたりに、お前んちへ持ってって見せることにしたら」
「俺には絵なんてわかんねぇよ」
「いや、そんなはずねぇよ、ねえ原。とにかく持ってって見せてみろよ」
「まあ迷惑じゃなければ」
「俺は絵だの彫刻だのの趣味がまるでない人間だから、どうぞ」
「嘘こけ。お前くらい鑑賞力の鋭い奴は世間にそうそういねぇんだ」
「またくだらないこと言って、――ばかにすんなよ」
「事実を言ってるんだ、ばかにするもんか。お前のみたいに女を鑑賞する能力が発達してる奴が、芸術をばかにするわけねぇだろ。ねえ原、女が好きなら、芸術も好きに決まってるよ。いくら隠したって無駄だぜ」
「だいぶ話が長くなりそうだから、俺は一足先に失礼するわ、――おい姉さん会計して」
「ちょうど今一枚すっげぇいいのが描いてあるんだ。それを買おうって奴に値段の相談に行った帰りに、原君がここに寄ったんだから、いい機会じゃねぇか。絶対買ってやれよ。芸術家の足元を見て、むやみに値切り倒すような失礼な奴には売らない方がいいというのが俺の考えなんだ。その代わり必ず買い手を紹介してやるから、帰りにここに寄るといいと、さっきあそこの角で約束しといたんだ、実は。だから一つ買ってやるさ、わけないだろ」
「他の絵も見せもしないうちから、勝手にそんな約束したってしょーがねぇじゃねぇか」
「絵は見せるよ。――お前今日持って帰んなかったのか」
「もう少し待ってくれって言ってたから置いてきた」
「ばかだな、お前。最後にはぼったくられるだけだぜ」

原文 (会話文抽出)

「原君は好い絵を描くよ、君。一枚買ってやりたまえ。今困ってるんだから、気の毒だ」
「そうか」
「どうだ、この次の日曜ぐらいに、君の家へ持って行って見せる事にしたら」
「僕に絵なんか解らないよ」
「いや、そんなはずはない、ねえ原。何しろ持って行って見せてみたまえ」
「ええ御迷惑でなければ」
「僕は絵だの彫刻だのの趣味のまるでない人間なんですから、どうぞ」
「嘘を云うな。君ぐらい鑑賞力の豊富な男は実際世間に少ないんだ」
「また下らない事を云って、――馬鹿にするな」
「事実を云うんだ、馬鹿にするものか。君のように女を鑑賞する能力の発達したものが、芸術を粗末にする訳がないんだ。ねえ原、女が好きな以上、芸術も好きにきまってるね。いくら隠したって駄目だよ」
「だいぶ話が長くなりそうだから、僕は一足先へ失敬しよう、――おい姉さん会計だ」
「ちょうど今一枚素敵に好いのが描いてあるんだ。それを買おうという望手の所へ価値の相談に行った帰りがけに、原君はここへ寄ったんだから、旨い機会じゃないか。是非買いたまえ。芸術家の足元へ付け込んで、むやみに価切り倒すなんて失敬な奴へは売らないが好いというのが僕の意見なんだ。その代りきっと買手を周旋してやるから、帰りにここへ寄るがいいと、先刻あすこの角で約束しておいたんだ、実を云うと。だから一つ買ってやるさ、訳ゃないやね」
「他に絵も何にも見せないうちから、勝手にそんな約束をしたってしようがないじゃないか」
「絵は見せるよ。――君今日持って帰らなかったのか」
「もう少し待ってくれっていうから置いて来た」
「馬鹿だな、君は。しまいにロハで捲き上げられてしまうだけだぜ」


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