夏目漱石 『明暗』 「第二にはだね。君の目下の境遇が、今僕の云…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 夏目漱石 『明暗』

現代語化

「二番目にな。今のあんたの状況じゃ、俺が言ったようなアドバイスーだか忠告だか、あるいはただの知識の提供だか、それはどうでもいいんだけど、とにかくそういうものにあんたが注意を向ける必要を感じねぇんだ。頭ではわかる、でも気持ちでは納得しねぇ、これが今のあんただ。つまりあんたと俺とはそれほど差があるってことだけど、そこであんたの注意を向けさせたいのが、実は俺の狙いなんだ、わかるか。人間の境遇とか立場とかの違いってのは大したことじゃないよ。本当のところを言うと、十人十色の人間がだいたい同じ経験を、違った形で繰り返してるんだ。もっとはっきり言うとさ、俺は俺で、俺に一番大事な目でそれを見るし、あんたはあんたで、あんたに一番近い目でそれを見る、まあそのくらい違ってくるだけだろうが。だからさ、いい暮らししてるやつがちょっとつまづいたり、迷ったり、頑張ったりすると、すぐに目の色が変わるんだ。でもいくら目の色が変わっても、急に目の位置を変えることはできねぇだろう。つまりあんたに何かがあったら、あんたはきっと俺のこの言葉を思い出すことになるってことだよ」
「んじゃちゃんと覚えておくよ」
「うん忘れるんじゃねぇよ、必ず役立つときが来るから」
「わかった。覚えとくよ」
「ところがいくら覚えといたってダメなんだからおかしくねぇか」
「そのときに急に思い出すとしたらさ、わかるか。そしたらそのときのあんたが、「やった!」って掛け声とともに早変わりできるのかい。早変わりしてこの俺になれるのかい」
「それはわからないよ」
「わからないじゃねぇよ、わかるよ。なれるわけねぇんだ。憚りながらここまで来るには相当な努力がいるんだからね。いくら鈍な俺でも、現在の自分に対してはそれだけの代償を払ってるんだ」

原文 (会話文抽出)

「第二にはだね。君の目下の境遇が、今僕の云ったような助言――だか忠告だか、または単なる知識の供給だか、それは何でも構わないが、とにかくそんなものに君の注意を向ける必要を感じさせないのだ。頭では解る、しかし胸では納得しない、これが現在の君なんだ。つまり君と僕とはそれだけ懸絶しているんだから仕方がないと跳ねつけられればそれまでだが、そこに君の注意を払わせたいのが、実は僕の目的だ、いいかね。人間の境遇もしくは位地の懸絶といったところで大したものじゃないよ。本式に云えば十人が十人ながらほぼ同じ経験を、違った形式で繰り返しているんだ。それをもっと判然云うとね、僕は僕で、僕に最も切実な眼でそれを見るし、君はまた君で、君に最も適当な眼でそれを見る、まあそのくらいの違だろうじゃないか。だからさ、順境にあるものがちょっと面喰うか、迷児つくか、蹴爪ずくかすると、そらすぐ眼の球の色が変って来るんだ。しかしいくら眼の球の色が変ったって、急に眼の位置を変える訳には行かないだろう。つまり君に一朝事があったとすると、君は僕のこの助言をきっと思い出さなければならなくなるというだけの事さ」
「じゃよく気をつけて忘れないようにしておくよ」
「うん忘れずにいたまえ、必ず思い当る事が出て来るから」
「よろしい。心得たよ」
「ところがいくら心得たって駄目なんだからおかしいや」
「その時ひょっと気がつくとするぜ、いいかね。そうしたらその時の君が、やっという掛声と共に、早変りができるかい。早変りをしてこの僕になれるかい」
「そいつは解らないよ」
「解らなかない、解ってるよ。なれないにきまってるんだ。憚りながらここまで来るには相当の修業が要るんだからね。いかに痴鈍な僕といえども、現在の自分に対してはこれで血の代を払ってるんだ」


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