GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。
青空文庫図書カード: 夏目漱石 『明暗』
現代語化
「そうかもしれませんけど、ちょっと考えてみないと……」
「その考える癖があなたの人格に悪いんです」
「へぇ?」
「女は考えませんよ。そういう時は」
「じゃ考える私は男らしくないってことですか」
「そんな生意気な口をきかないでください。言葉だけで相手を言い負かせればどうしたって言うんですか、バカバカしい。あなたは学校へ行ったり勉強したりしたはずなのに、まるで自分が見えてないんだからかわいそうよ。だから結局清子さんに逃げられたんです」
「え?」
「あなたにわからなければ、私が説明しますよ。あなたがなぜ行きたがらないのか、私にはちゃんとわかってるんです。あなたは臆病なんです。清子さんの前に出られないんです」
「そうじゃないんです。私は……」
「ちょっと待って。――あなたは勇気はあると思うんでしょう。でも出かけるのはみっともないというんでしょう。私から言えば、そうみっともなさがるからこそあなたの臆病なところが出るんですよ、わかりました?なぜなら、そんなみっともなさはただの虚栄心じゃないですか。どんなに言っても、表面的な体裁じゃないですか。世間に対する体面を気にしてたら何が残るんです。花嫁さんが何も言わないのに、自分だけきまり悪がって、3度の食事を抜くのと一緒ですよ」
「つまり色気が強すぎるから、そんな関係ないところでも意地を張ってみたくなるんでしょう。それでそれがあなたのプライドになって変なところに出るんです」
「あなたはいつまでも上品に黙っていようとするんです。じっと動かないでいようとするんです。それでいて心の中ではそれがあんたを苦しめるんです。そこをもうちょっと押し出してみてはどうですか。私がこうしているうちに、そのうち清子の方から何か説明してくれるだろうなって――」
「そんなこと思ってるわけないでしょ、いくら私だって」
「いや、思ってるのと一緒だというんです。実際どことも変わらないなら、そう言われても仕方ないじゃないですか」
「そもそもあなたって図々しい性格ですよね。それでいて図々しいことも世渡りには役立つ徳だと思ってるんです」
「まさか」
「そうですよ。そこがまだ私にわからないと思ったら、大間違いです。いいじゃないですか、図々しいことで、私は図々しいのが好きなんですから。だからここであなたの得意の図々しさを男らしく存分に発揮してくださいよ。そのために私がわざわざ苦労して用意したんだから」
「図々しさを活用ですか」
「あの人は1人で来てますか」
「もちろんです」
「関さんは?」
「関さんはこっちですよ。こっちに用事があるんですもの」
原文 (会話文抽出)
「あなたは内心行きたがってるくせに、もじもじしていらっしゃるのね。それが私に云わせると、男らしくないあなたの一番悪いところなんですよ」
「そうかも知れませんけれども、少し考えて見ないと……」
「その考える癖があなたの人格に祟って来るんです」
「へえ?」
「女は考えやしませんよ。そんな時に」
「じゃ考える私は男らしい訳じゃありませんか」
「そんな生意気な口応えをするもんじゃありません。言葉だけで他をやり込めればどこがどうしたというんです、馬鹿らしい。あなたは学校へ行ったり学問をしたりした方のくせに、まるで自分が見えないんだからお気の毒よ。だから畢竟清子さんに逃げられちまったんです」
「えッ?」
「あなたに分らなければ、私が云って聴かせて上げます。あなたがなぜ行きたがらないか、私にはちゃんと分ってるんです。あなたは臆病なんです。清子さんの前へ出られないんです」
「そうじゃありません。私は……」
「お待ちなさい。――あなたは勇気はあるという気なんでしょう。しかし出るのは見識に拘わるというんでしょう。私から云えば、そう見識ばるのが取りも直さずあなたの臆病なところなんですよ、好ござんすか。なぜと云って御覧なさい。そんな見識はただの見栄じゃありませんか。よく云ったところで、上っ面の体裁じゃありませんか。世間に対する手前と気兼を引いたら後に何が残るんです。花嫁さんが誰も何とも云わないのに、自分できまりを悪くして、三度の御飯を控えるのと同なじ事よ」
「つまり色気が多過ぎるから、そんな入らざるところに我を立てて見たくなるんでしょう。そうしてそれがあなたの己惚に生れ変って変なところへ出て来るんです」
「あなたはいつまでも品よく黙っていようというんです。じっと動かずにすまそうとなさるんです。それでいて内心ではあの事が始終苦になるんです。そこをもう少し押して御覧なさいな。おれがこうしているうちには、今に清子の方から何か説明して来るだろう来るだろうと思って――」
「そんな事を思ってるもんですか、なんぼ私だって」
「いえ、思っているのと同なじだというのです。実際どこにも変りがなければ、そう云われたってしようがないじゃありませんか」
「いったいあなたはずうずうしい性質じゃありませんか。そうしてずうずうしいのも世渡りの上じゃ一徳だぐらいに考えているんです」
「まさか」
「いえ、そうです。そこがまだ私に解らないと思ったら、大間違です。好いじゃありませんか、ずうずうしいで、私はずうずうしいのが好きなんだから。だからここで持前のずうずうしいところを男らしく充分発揮なさいな。そのために私がせっかく骨を折って拵えて来たんだから」
「ずうずうしさの活用ですか」
「あの人は一人で行ってるんですか」
「無論一人です」
「関は?」
「関さんはこっちよ。こっちに用があるんですもの」