夏目漱石 『明暗』 「まだほかに何かおっしゃりゃしなかったかい…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 夏目漱石 『明暗』

現代語化

「他にも何か言わなかった?」
「コートだけ返して早く返せって言ってました。それから奥さんと話してるかって聞かれたんで、話してますって言ったら、すごい嫌な顔されました」
「そうなんだ。それっきり?」
「いえ、何を話してるかって聞かれました」
「それでどう答えたの?」
「特に言うことないので、知りませんって言いました」
「そしたら?」
「そしたら、さらに嫌な顔されました。そもそも座敷にいきなり上がってきたのが間違いだって――」
「そんなこと言ったの。昔からの友達なのに仕方がないでしょ」
「私もそう言いました。それに奥さんはちょうど着替えされてたんで、すぐ玄関に出られなかったのは仕方ないって」
「そう。そしたら?」
「そしたら、お前は昔岡本さんといただけあって、奥さんのことになると、何でも一生懸命弁護するから感心だって、イヤミを言われました」
「気の毒に。それっきり?」
「いえ、まだあります。小林さんはお酒飲んでなかったかって聞かれるんです。私はよく見てなかったけど、正月でもないのに、朝っぱらから酔っ払って他人の家に来る人はいないだろうと思って、――」
「酔ってなかったって言ったの?」
「はい」
「奥さん、この旦那さんが帰ったら奥さんにそう言えって言われました」
「何それ?」
「あの小林って奴はわけのわからないやつだ、特に酔うと危ない奴だ。だから、あいつが何を言っても絶対信じちゃいけない。だいたい全部嘘だと思っときゃ間違いないんだからって」
「そう」
「堀の奥さんも横で笑ってました」

原文 (会話文抽出)

「まだほかに何かおっしゃりゃしなかったかい」
「外套だけやって早く返せっておっしゃいました。それから奥さんと話しをしているかと御訊きになりますから、話しをしていらっしゃいますと申し上げましたら、大変厭な顔をなさいました」
「そうかい。それぎりかい」
「いえ、何を話しているのかと御訊きになりました」
「それでお前は何とお答えをしたの」
「別にお答えをしようがございませんから、それは存じませんと申し上げました」
「そうしたら」
「そうしたら、なお厭な顔をなさいました。いったい座敷なんかへむやみに上り込ませるのが間違っている――」
「そんな事をおっしゃったの。だって昔からのお友達なら仕方がないじゃないの」
「だから私もそう申し上げたのでございました。それに奥さまはちょうどお召換をしていらっしゃいましたので、すぐ玄関へおでになる訳に行かなかったのだからやむをえませんて」
「そう。そうしたら」
「そうしたら、お前はもと岡本さんにいただけあって、奥さんの事というと、何でも熱心に弁護するから感心だって、冷評かされました」
「どうも御気の毒さま。それっきり」
「いえ、まだございます。小林は酒を飲んでやしなかったかとお訊きになるんです。私はよく気がつきませんでしたけれども、お正月でもないのに、まさか朝っぱらから酔払って、他の家へお客にいらっしゃる方もあるまいと思いましたから、――」
「酔っちゃいらっしゃらないと云ったの」
「ええ」
「奥さま、あの旦那様が、帰ったらよく奥さまにそう云えとおっしゃいました」
「なんと」
「あの小林って奴は何をいうか分らない奴だ、ことに酔うとあぶない男だ。だから、あいつが何を云ってもけっして取り合っちゃいけない。まあみんな嘘だと思っていれば間違はないんだからって」
「そう」
「堀の奥さまも傍で笑っていらっしゃいました」


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