夏目漱石 『虞美人草』 「昨日は失敬した」…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 夏目漱石 『虞美人草』

現代語化

「昨日は失礼しました」
「小野さん、さっき浅井が来てね。その件でわざわざ来てくれたんだ」
「小野さん、敵だと思わないでください」
「いえ、決して……」
「僕は遠回しな言い方をしたり、相手の弱みにつけ込んだりしない人間ですよ。そのくらいは分ってますよ。そんな時間があったら薬にしたくてもない。あったとしても、うちの家風に反します……」
「そんな卑しい人間だと思われたら、忙しいところをわざわざ来た甲斐がありません。あなただって教育のある、道理の分かる人間でしょう。私をそういう人間だと思うようになれば、私の言うことはあなたには効かなくなりますからね」
「私はいくら暇人でも、あなたに軽蔑されようと思って車まで飛ばして来ません。――とにかく浅井が言う通りなんでしょう?」
「浅井はなんて言いました?」
「小野さん、真面目になりましょう。いいですか。人間は年に一度くらいは真面目になるべき時が来るものです。表面だけを取り繕って生きていたら、相手に相手にする気も起きませんし、相手から相手にされても楽しくないでしょう。私はあなたを相手にするつもりで来たんです。分かります?」
「はい、分かりました」
「分かったなら、あなたを対等な人間と思って話しますが、あなたはいつもなんだか落ち着きがないように見えます。もっと余裕を持ってほしい」
「そうかもしれません……」
「あなたが率直にそう言うのは、正直にお気の毒ですが、まさにその通りだと思います」
「はい」
「他人がどうであろうと、余裕がなかろうと、上辺ばかりでごまかしているような世間では問題ではありません。本人自身が不安でありながら、それを隠して得意がっている人間もたくさんいます。私もその一人なのかもしれません。かもしれませんじゃなくて、間違いなくその一人でしょう」
「あなたは羨ましいです。本気であなたのようになれたらいいと思って、いつも考えています。そういう意味では、私はつまらない人間かもしれません」

原文 (会話文抽出)

「昨日は失敬した」
「小野さん、さっき浅井が来てね。その事でわざわざやって来た」
「小野さん、敵が来たと思っちゃいけない」
「いえけっして……」
「僕は当っ擦りなどを云って、人の弱点に乗ずるような人間じゃない。この通り頭ができた。そんな暇は薬にしたくってもない。あっても僕のうちの家風に背く……」
「そんな卑しい人間と思われちゃ、急がしいところをわざわざ来た甲斐がない。君だって教育のある事理の分った男だ。僕をそう云う男と見て取ったが最後、僕の云う事は君に対して全然無効になる訳だ」
「僕はいくら閑人だって、君に軽蔑されようと思って車を飛ばして来やしない。――とにかく浅井の云う通なんだろうね」
「浅井がどう云いましたか」
「小野さん、真面目だよ。いいかね。人間は年に一度ぐらい真面目にならなくっちゃならない場合がある。上皮ばかりで生きていちゃ、相手にする張合がない。また相手にされてもつまるまい。僕は君を相手にするつもりで来たんだよ。好いかね、分ったかい」
「ええ、分りました」
「分ったら君を対等の人間と見て云うがね。君はなんだか始終不安じゃないか。少しも泰然としていないようだが」
「そうかも――知れないです」
「そう君が平たく云うと、はなはだ御気の毒だが、全く事実だろう」
「ええ」
「他人が不安であろうと、泰然としていなかろうと、上皮ばかりで生きている軽薄な社会では構った事じゃない。他人どころか自分自身が不安でいながら得意がっている連中もたくさんある。僕もその一人かも知れない。知れないどころじゃない、たしかにその一人だろう」
「あなたは羨しいです。実はあなたのようになれたら結構だと思って、始終考えてるくらいです。そんなところへ行くと僕はつまらない人間に違ないです」


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