夏目漱石 『虞美人草』 「本来の無一物から出直すとは」…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 夏目漱石 『虞美人草』

現代語化

「一から出直すってどういうこと?」
「家も財産も全部藤尾にあげちまった」
「いつだよ?」
「さっき。あの紋尽しを書いてる時」
「さすがにそれは……」
「丸に三つ鱗を描いてた時だった。一番出来が良かった」
「簡単にあげられるものかよ……」
「別に何もいらない。あるもんばっかじゃ邪魔だろ」
「叔母さんは知ってるのか?」
「知らない」
「知らないのに……叔母さんが困るだろ」
「やらなきゃ困るんだよ」
「だって叔母さんはいつもお前が変なことをする心配してるじゃん」
「ウチの母さんはニセモノだよ。みんなだまされてる。母さんじゃない、謎なんだ。今の文明のおかしな産物」
「そんなこと……」
「お前は本当の母親じゃないから俺が恨んでると思ってるだろ。それでいいよ」
「でも……」
「俺を信じないのか?」
「もちろん信じるよ」
「俺の方が母さんより偉い。賢い。理由が分かってる。それに俺の方が善人だ」
「母親の家から出ていけって言うのは、出て行って欲しいってことなんだ。財産を取れって言うのは寄越せってことなんだ。世話してくれって言うのは、世話するのが嫌だってことなんだ。だから俺は表向きは母親の言うことに逆らってるけど、本当は母親の望み通りにしてやってるんだ。俺が家を出た後、母親が俺が悪いから出たように言うから、世間もそう信じる。俺はそのくらいの犠牲を払って、母親と妹のために尽くしてやってるんだ」

原文 (会話文抽出)

「本来の無一物から出直すとは」
「僕はこの家も、財産も、みんな藤尾にやってしまった」
「やってしまった? いつ」
「もう少しさっき。その紋尽しを書いている時だ」
「そりゃ……」
「ちょうどその丸に三つ鱗を描いてる時だ。――その模様が一番よく出来ている」
「やってしまうってそう容易く……」
「何要るものか。あればあるほど累だ」
「御叔母さんは承知したのかい」
「承知しない」
「承知しないものを……それじゃ御叔母さんが困るだろう」
「やらない方が困るんだ」
「だって御叔母さんは始終君がむやみな事をしやしまいかと思って心配しているんじゃないか」
「僕の母は偽物だよ。君らがみんな欺かれているんだ。母じゃない謎だ。澆季の文明の特産物だ」
「そりゃ、あんまり……」
「君は本当の母でないから僕が僻んでいると思っているんだろう。それならそれで好いさ」
「しかし……」
「君は僕を信用しないか」
「無論信用するさ」
「僕の方が母より高いよ。賢いよ。理由が分っているよ。そうして僕の方が母より善人だよ」
「母の家を出てくれるなと云うのは、出てくれと云う意味なんだ。財産を取れと云うのは寄こせと云う意味なんだ。世話をして貰いたいと云うのは、世話になるのが厭だと云う意味なんだ。――だから僕は表向母の意志に忤って、内実は母の希望通にしてやるのさ。――見たまえ、僕が家を出たあとは、母が僕がわるくって出たように云うから、世間もそう信じるから――僕はそれだけの犠牲をあえてして、母や妹のために計ってやるんだ」


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