夏目漱石 『虞美人草』 「暑いのう」…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 夏目漱石 『虞美人草』

現代語化

「暑いね」
「暑いよ」
「さっきの話だけど――実は2、3日前井上先生のところへ行ったんだけど、先生から突然例の縁談を持ち出されて、ね。……」
「待ってましたじゃ」
「先生がすごく強く言ったので、僕もいろいろお世話になった先生の気持ちを傷つけるわけにも行かないから、よく考えて返事をしようと2、3日の猶予をもらって帰ってきたんだ」
「そりゃ慎重の……」
「まあ最後まで聞いてくれよ。評価はあとでゆっくり聞くから。――それで僕も、君の知ってる通り、先生の世話にはすごくなったんだから、先生の言うことは何でも聞かないといけない……」
「そりゃ悪い」
「悪いんだけど、他のこととは違って結婚問題は一生の幸せに関係する大事件だから、いくら恩のある先生の命令だって、そう、おいそれと従うわけにはいかない」
「そりゃいけない」
「それも僕にはっきりした約束をしたとか、あるいは娘さんに対して済まないことを作ったとかいう大責任があれば、先生から言われるまでもない。こっちから進んで、どうにか決着をつけるつもりだけど、実際僕はその点に関しては潔白なんだからね」
「うん潔白だ。君ほど高尚で潔白な人間はいない。僕が保証する」
「ところが先生の方は、最初から僕にそれだけの責任があるかのように錯覚してしまって、そうして万事をそれから推測してるんだろう」
「うん」
「まさか根本に立ち返って、あなたの考えは出発点が間違っていますと間違いを指摘するわけにも行かず……」
「そりゃ、君はあまりにも人がいいからだ。もう少し世の中に擦れないと損だよ」
「損は僕も知ってるんだけど、どうも僕の性格として、そう露骨に人に反対することができないんだ。ことに相手は世話になった先生だろう」
「そう、相手が世話になった先生だからな」
「それに僕の方から言うと、今ちょうど博士論文を書いている最中だから、そんな話を持ち込まれると余計困るんだ」
「博士論文をまだ書いてるのか、えらいもんじゃな」
「えらいことでもない」
「なにえらい。銀時計の頭でなきゃ、とてもできない」
「そりゃどうでもいいんだけど、――それでね、今言った通りの事情だから、せっかくのご好意はありがたいけれども、まあこのところはいったん断りたいと思うんだ。でも僕の性格じゃ、とても先生に会うと気の毒で、そんな強いことが言えそうもないから、それで君に頼みたいと云うわけだけど。どうだい、引き受けてくれるかい?」
「そうか、問題ないよ。僕が先生に会ってよく話してあげるよ」

原文 (会話文抽出)

「暑いのう」
「暑い」
「さっきの話だが――実は二三日前井上先生の所へ行ったところが、先生から突然例の縁談一条を持ち出されて、ね。……」
「待ってましたじゃ」
「先生が随分はげしく来たので、僕もそう世話になった先生の感情を害する訳にも行かないから、熟考するために二三日の余裕を与えて貰って帰ったんだがね」
「そりゃ慎重の……」
「まあしまいまで聞いてくれたまえ。批評はあとで緩くり聞くから。――それで僕も、君の知っている通、先生の世話には大変なったんだから、先生の云う事は何でも聞かなければ義理がわるい……」
「そりゃ悪い」
「悪いが、ほかの事と違って結婚問題は生涯の幸福に関係する大事件だから、いくら恩のある先生の命令だって、そう、おいそれと服従する訳にはいかない」
「そりゃいかない」
「それも僕に判然たる約束をしたとか、あるいは御嬢さんに対して済まん関係でも拵らえたと云う大責任があれば、先生から催促されるまでもない。こっちから進んで、どうでも方をつけるつもりだが、実際僕はその点に関しては潔白なんだからね」
「うん潔白だ。君ほど高尚で潔白な人間はない。僕が保証する」
「ところが先生の方では、頭から僕にそれだけの責任があるかのごとく見傚してしまって、そうして万事をそれから演繹してくるんだろう」
「うん」
「まさか根本に立ち返って、あなたの御考は出立点が間違っていますと誤謬を指摘する訳にも行かず……」
「そりゃ、あまり君が人が好過ぎるからじゃ。もう少し世の中に擦れんと損だぞ」
「損は僕も知ってるんだが、どうも僕の性質として、そう露骨に人に反対する事が出来ないんだね。ことに相手は世話になった先生だろう」
「そう、相手が世話になった先生じゃからな」
「それに僕の方から云うと、今ちょうど博士論文を書きかけている最中だから、そんな話を持ち込まれると余計困るんだ」
「博士論文をまだ書いとるか、えらいもんじゃな」
「えらい事もない」
「なにえらい。銀時計の頭でなくちゃ、とても出来ん」
「そりゃどうでも好いが、――それでね、今云う通りの事情だから、せっかくの厚意はありがたいけれども、まあここのところはいったん断わりたいと思うんだね。しかし僕の性質じゃ、とても先生に逢うと気の毒で、そんな強い事が云えそうもないから、それで君に頼みたいと云う訳だが。どうだね、引き受けてくれるかい」
「そうか、訳ない。僕が先生に逢うてよく話してやろう」


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