夏目漱石 『虞美人草』 「笑い事じゃない。本当に腹を切るよ。好いか…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 夏目漱石 『虞美人草』

現代語化

「え、本気で切るの?やめてよ。」
「勝手にすればいいじゃん。」
「ちょっと待てよ。このまま生きてる方が良くないか?お前も兄貴を殺したところで得することはないだろ。」
「誰も得するなんて言ってない。」
「理由を聞けば教えるよ。」
「聞きたくない。」
「条件付きで聞くの?」
「そうだよ。別に結婚なんてしたくないし。」
「わかった。実は兄貴が藤尾さんと結婚したいって言ってるんだ。」
「また?藤尾さんは嫌だって言ってるじゃん。」
「でも、兄貴は外交官になったから、藤尾さんが欲しいらしい。」
「え、本当?すごいね。」
「だから、藤尾さんに頼んで、兄貴の結婚を承諾してほしいんだ。」
「なんで私が?」
「甲野の叔母さんが、藤尾さんに結婚を頼んだんだけど、甲野が病気で、家も財産も藤尾にあげて、自分はどこかにいきたいって言ってるんだ。」
「え、なんで?」
「甲野は病気だから、もう面倒を見られないって。」
「かわいそう。」
「でも、そうなると、兄貴が藤尾さんと結婚できなくなるんだ。」
「じゃあ、甲野さんがどこに行こうが、僕には関係ないじゃん。」
「そうはいかない。甲野は家族だから。」
「でも、甲野さんは自分の意思でそうしてるんでしょ?」
「そうだけど、ちょっと可哀想だと思わないか?」
「可哀想だけど、関係ないよ。」
「そうか。じゃあ、甲野に頼んで、藤尾さんと結婚するのをやめてもらおう。」
「え、なんで私が?」
「お願いだから。頼むよ。」

原文 (会話文抽出)

「笑い事じゃない。本当に腹を切るよ。好いかね」
「勝手に御切んなさい」
「切るのは好いが、あんまり深刻だからね。なろう事ならこのまんまで生きている方が、御互に便利じゃないか。御前だってたった一人の兄さんに腹を切らしたって、つまらないだろう」
「誰もつまると云やしないわ」
「だから兄さんを助けると思ってうんと御云い」
「だって訳も話さないで、藪から棒にそんな無理を云ったって」
「訳は聞さえすれば、いくらでも話すさ」
「好くってよ、訳なんか聞かなくっても、私御嫁なんかに行かないんだから」
「糸公御前の返事は鼠花火のようにくるくる廻っているよ。錯乱体だ」
「何ですって」
「なに、何でもいい、法律上の術語だから――それでね、糸公、いつまで行っても埓が明かないから、一と思に打ち明けて話してしまうが、実はこうなんだ」
「訳は聞いても御嫁にゃ行かなくってよ」
「条件つきに聞くつもりか。なかなか狡猾だね。――実は兄さんが藤尾さんを御嫁に貰おうと思うんだがね」
「まだ」
「まだって今度が始てだね」
「だけれど、藤尾さんは御廃しなさいよ。藤尾さんの方で来たがっていないんだから」
「御前この間もそんな事を云ったね」
「ええ、だって、厭がってるものを貰わなくっても好いじゃありませんか。ほかに女がいくらでも有るのに」
「そりゃ大いにごもっともだ。厭なものを強請るなんて卑怯な兄さんじゃない。糸公の威信にも関係する。厭なら厭と事がきまればほかに捜すよ」
「いっそそうなすった方がいいでしょう」
「だがその辺が判然しないからね」
「だから判然させるの。まあ」
「この間甲野の御叔母さんが来て、下で内談をしていたろう。あの時その話があったんだとさ。叔母さんが云うには、今はまだいけないが、一さんが外交官の試験に及第して、身分がきまったら、どうでも御相談を致しましょうって阿爺に話したそうだ」
「それで」
「だから好いじゃないか、兄さんがちゃんと外交官の試験に及第したんだから」
「おや、いつ」
「いつって、ちゃんと及第しちまったんだよ」
「あら、本当なの、驚ろいた」
「兄が及第して驚ろく奴があるもんか。失礼千万な」
「だって、そんなら早くそうおっしゃれば好いのに。これでもだいぶ心配して上げたんだわ」
「全く御前の御蔭だよ。大いに感泣しているさ。感泣はしているようなものの忘れちまったんだから仕方がない」
「そこで兄さんもこの通り頭を刈って、近々洋行するはずになったんだが、阿父さんの云うには、立つ前に嫁を貰って人格を作ってけって責めるから、兄さんが、どうせ貰うなら藤尾さんを貰いましょう。外交官の妻君にはああ云うハイカラでないと将来困るからと云ったのさ」
「それほど御気に入ったら藤尾さんになさい。――女を見るのはやっぱり女の方が上手ね」
「そりゃ才媛糸公の意見に間違はなかろうから、充分兄さんも参考にはするつもりだが、とにかく判然談判をきめて来なくっちゃいけない。向うだって厭なら厭と云うだろう。外交官の試験に及第したからって、急に気が変って参りましょうなんて軽薄な事は云うまい」
「云うかね」
「どうですか。聞いて御覧なさらなくっちゃ――しかし聞くなら欽吾さんに御聞きなさいよ。恥を掻くといけないから」
「ハハハハ厭なら断るのが天下の定法だ。断わられたって恥じゃない……」
「だって」
「……ないが甲野に聞くよ。聞く事は甲野に聞くが――そこに問題がある」
「どんな」
「先決問題がある。――先決問題だよ、糸公」
「だから、どんなって、聞いてるじゃありませんか」
「ほかでもないが、甲野が坊主になるって騒ぎなんだよ」
「馬鹿をおっしゃい。縁喜でもない」
「なに、今の世に坊主になるくらいな決心があるなら、縁喜はともかく、大に慶すべき現象だ」
「苛い事を……だって坊さんになるのは、酔興になるんじゃないでしょう」
「何とも云えない。近頃のように煩悶が流行した日にゃ」
「じゃ、兄さんからなって御覧なさいよ」
「酔興にかい」
「酔興でも何でもいいから」
「だって五分刈でさえ懲役人と間違えられるところを青坊主になって、外国の公使館に詰めていりゃ気違としきゃ思われないもの。ほかの事なら一人の妹の事だから何でも聞くつもりだが、坊主だけは勘弁して貰いたい。坊主と油揚は小供の時から嫌なんだから」
「じゃ欽吾さんもならないだって好いじゃありませんか」
「そうさ、何だか論理が少し変だが、しかしまあ、ならずに済むだろうよ」
「兄さんのおっしゃる事はどこまでが真面目でどこまでが冗談だか分らないのね。それで外交官が勤まるでしょうか」
「こう云うんでないと外交官には向かないとさ」
「人を……それで欽吾さんがどうなすったんですよ。本当のところ」
「本当のところ、甲野がね。家と財産を藤尾にやって、自分は出てしまうと云うんだとさ」
「なぜでしょう」
「つまり、病身で御叔母さんの世話が出来ないからだそうだ」
「そう、御気の毒ね。ああ云う方は御金も家もいらないでしょう。そうなさる方が好いかも知れないわ」
「そう御前まで賛成しちゃ、先決問題が解決しにくくなる」
「だって御金が山のようにあったって、欽吾さんには何にもならないでしょう。それよりか藤尾さんに上げる方が好ござんすよ」
「御前は女に似合わず気前が好いね。もっとも人のものだけれども」
「私だって御金なんかいりませんわ。邪魔になるばかりですもの」
「邪魔にするほどないからたしかだ。ハハハハ。しかしその心掛は感心だ。尼になれるよ」
「おお厭だ。尼だの坊さんだのって大嫌い」
「そこだけは兄さんも賛成だ。しかし自分の財産を棄てて吾家を出るなんて馬鹿気ている。財産はまあいいとして、――欽吾に出られればあとが困るから藤尾に養子をする。すると一さんへは上げられませんと、こう御叔母さんが云うんだよ。もっともだ。つまり甲野のわがままで兄さんの方が破談になると云う始末さ」
「じゃ兄さんが藤尾さんを貰うために、欽吾さんを留めようと云うんですね」
「まあ一面から云えばそうなるさ」
「それじゃ欽吾さんより兄さんの方がわがままじゃありませんか」
「今度は非常に論理的に来たね。だってつまらんじゃないか、当然相続している財産を捨てて」
「だって厭なら仕方がないわ」
「厭だなんて云うのは神経衰弱のせいだあね」
「神経衰弱じゃありませんよ」
「病的に違ないじゃないか」
「病気じゃありません」
「糸公、今日は例に似ず大いに断々乎としているね」
「だって欽吾さんは、ああ云う方なんですもの。それを皆が病気にするのは、皆の方が間違っているんです」
「しかし健全じゃないよ。そんな動議を呈出するのは」
「自分のものを自分が棄てるんでしょう」
「そりゃごもっともだがね……」
「要らないから棄てるんでしょう」
「要らないって……」
「本当に要らないんですよ、甲野さんのは。負惜みや面当じゃありません」
「糸公、御前は甲野の知己だよ。兄さん以上の知己だ。それほど信仰しているとは思わなかった」
「知己でも知己でなくっても、本当のところを云うんです。正しい事を云うんです。叔母さんや藤尾さんがそうでないと云うんなら、叔母さんや藤尾さんの方が間違ってるんです。私は嘘を吐くのは大嫌です」
「感心だ。学問がなくっても誠から出た自信があるから感心だ。兄さん大賛成だ。それでね、糸公、改めて相談するが甲野が家を出ても出なくっても、財産をやってもやらなくっても、御前甲野のところへ嫁に行く気はあるかい」
「それは話がまるで違いますわ。今云ったのはただ正直なところを云っただけですもの。欽吾さんに御気の毒だから云ったんです」
「よろしい。なかなか訳が分っている。妹ながら見上げたもんだ。だから別問題として聞くんだよ。どうだね厭かい」
「厭だって……」


青空文庫現代語化 Home リスト