GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。
青空文庫図書カード: 夏目漱石 『虞美人草』
現代語化
「きれいにもなりゃしないですよ。おじいちゃん、これ五分刈じゃないんですぜ」
「じゃあ何刈りだい?」
「分けるんです」
「わかってないじゃないか」
「今に分かってくるんです。真ん中が少し長いでしょう」
「そう言えば心持ち長いかな。剃ればいいのに、みっともない」
「みっともないですか」
「それにこれから夏場は暑いだろうし……」
「ところがいくら暑くっても、こうしとかないと困るんです」
「なぜ」
「なぜでも困るんです」
「変なやつだな」
「ハハハハ実はですね、おじいちゃん」
「うん」
「外交官の試験に受かったんです」
「受かったか。そりゃそりゃ。そうか。そんなら早くそう言えばいいのに」
「まあかぶりものを作ってからにしようと思って」
「かぶりものなんてどうでもいいさ」
「ところが五分刈で外国へ行くと懲役人と間違えられるって言うんです」
「外国へ――外国へ行くのかい。いつ」
「まあこの髪が伸びて小野清三みたいになる頃でしょう」
「じゃあ、まだ1か月くらいはあるな」
「えぇ、そのくらいはあります」
「1か月あるならまあ安心だ。行く前にゆっくり相談もできるから」
「えぇ時間はいくらでもあります。時間はいくらでもありますが、この洋服は今日限りお返しします」
「ハハハハいかんかい。よく似合うぜ」
「あなたが似合う似合うとおっしゃるから今日まで着たようなものの――あちこちぶかぶかしていますよ」
「そうかそれじゃあ剃ればいい。またおじいちゃんが着よう」
「ハハハハ驚いたなあ。それこそ剃らないでください」
「剃ってもいい。黒田にでもやろうかな」
「黒田こそたまったもんじゃない」
「そんなにへんなのかい?」
「へんっていうか、体に合わないんでさあ」
「そうか、それじゃあやっぱりへんなんだろう」
「えぇ、結局へんです」
「ハハハハところで糸にも話したかい?」
「試験のことですか?」
「ああ」
「まだ話してないんです」
「まだ話さない。なぜ。――そもそもいつわかったんだ?」
「通知があったのは2、3日前ですが、忙しくてまだ誰にも話してないんです」
「お前は呑気すぎるよ」
「なに、忘れません。大丈夫」
「ハハハハ忘れちゃ大変だ。まあもう、ちょっと気をつけるがいい」
「えぇこれから糸さんに話そうと思ってね。――心配してるから。――受かったこととそれからこの頭の説明を」
「頭はいいが――そもそもどこへ行くことになったのかい。イギリスか、フランスか」
「その辺はまだわかんないです。とにかく西洋でしょう」
「ハハハハ気楽なもんだ。まあどこへでも行けばいい」
「西洋なんて行きたくもないんだけれども――まあ順番だから仕方ない」
「うん、まあ好きなように行けばいい」
「中国や朝鮮なら、この五分刈のまま、このぶかぶかの洋服を着て出かけますけど」
「西洋はうるさい。お前みたいな不作法者にはいい修行になるだろう」
「ハハハハ西洋へ行くと堕落するだろうと思ってね」
「なぜ」
「西洋へ行くと人間を2通り作らないと困るんです」
「2通りとは?」
「不作法な裏と、きれいな表と。面倒くさいですよ」
「日本でもそうじゃないか。文明の圧力が強いから上部をきれいにしないと社会に住めなくなる」
「その代わり生存競争も激しくなるから、内部はますます不作法になるんですよ」
「ちょうどいいんだな。裏と表と反対の方向に発達するわけになるな。これからの人間は生きながら八つ裂きの刑を受けるようなものだ。苦しいだろう」
「今に人間が進化すると、神様の顔に豚の睾丸をつけたような奴ばかりできて、それで落ち着くのかもしれない。いやだな、そんな修行に出かけるのは」
「いっそのこと剃るのか。家で親父の古い洋服でも着てのんびりしているほうがいいかもしれない。ハハハハ」
「特にイギリス人は気に食わないです。最初から最後までイギリスが模範であると言わんばかりの顔をして、何でもかんでも自分勝手に押し通そうとするんですからね」
「でもイギリス紳士って言って、最近は評判がいいじゃないか?」
「日英同盟だって、何もあんなに褒めるようなことじゃないですよ。見物人がイギリスへ行ったこともないくせに、旗ばかり振り回して、まるで日本がなくなったみたいじゃないですか」
「うん。どこの国でも表が表のみに発達すると、裏も裏なりに発達するだろうからな。――なに国ばかりじゃない、個人でもそうだ」
「日本が偉くなって、イギリスの方で日本のマネでもするようじゃないとダメだ」
「お前が日本を偉くするさ。ハハハハ」
原文 (会話文抽出)
「あんまり奇麗にもならんじゃないか」
「奇麗にもならんじゃないかって、阿爺さん、こりゃ五分刈じゃないですぜ」
「じゃ何刈だい」
「分けるんです」
「分かっていないじゃないか」
「今に分かるようになるんです。真中が少し長いでしょう」
「そう云えば心持長いかな。廃せばいいのに、見っともない」
「見っともないですか」
「それにこれから夏向は熱苦しくって……」
「ところがいくら熱苦しくっても、こうして置かないと不都合なんです」
「なぜ」
「なぜでも不都合なんです」
「妙な奴だな」
「ハハハハ実はね、阿爺さん」
「うん」
「外交官の試験に及第してね」
「及第したか。そりゃそりゃ。そうか。そんなら早くそう云えば好いのに」
「まあ頭でも拵えてからにしようと思って」
「頭なんぞはどうでも好いさ」
「ところが五分刈で外国へ行くと懲役人と間違えられるって云いますからね」
「外国へ――外国へ行くのかい。いつ」
「まあこの髪が延びて小野清三式になる時分でしょう」
「じゃ、まだ一ヵ月くらいはあるな」
「ええ、そのくらいはあります」
「一ヵ月あるならまあ安心だ。立つ前にゆっくり相談も出来るから」
「ええ時間はいくらでもあります。時間の方はいくらでもありますが、この洋服は今日限御返納に及びたいです」
「ハハハハいかんかい。よく似合うぜ」
「あなたが似合う似合うとおっしゃるから今日まで着たようなものの――至るところだぶだぶしていますぜ」
「そうかそれじゃ廃すがいい。また阿爺さんが着よう」
「ハハハハ驚いたなあ。それこそ御廃しなさい」
「廃しても好い。黒田にでもやるかな」
「黒田こそいい迷惑だ」
「そんなにおかしいかな」
「おかしかないが、身体に合わないでさあ」
「そうか、それじゃやっぱりおかしいだろう」
「ええ、つまるところおかしいです」
「ハハハハ時に糸にも話したかい」
「試験の事ですか」
「ああ」
「まだ話さないです」
「まだ話さない。なぜ。――全体いつ分ったんだ」
「通知のあったのは二三日前ですがね。つい、忙しいもんだから、まだ誰にも話さない」
「御前は呑気過ぎていかんよ」
「なに忘れやしません。大丈夫」
「ハハハハ忘れちゃ大変だ。まあもう、ちっと気をつけるがいい」
「ええこれから糸公に話してやろうと思ってね。――心配しているから。――及第の件とそれからこの頭の説明を」
「頭は好いが――全体どこへ行く事になったのかい。英吉利か、仏蘭西か」
「その辺はまだ分らないです。何でも西洋は西洋でしょう」
「ハハハハ気楽なもんだ。まあどこへでも行くが好い」
「西洋なんか行きたくもないんだけれども――まあ順序だから仕方がない」
「うん、まあ勝手な所へ行くがいい」
「支那や朝鮮なら、故の通の五分刈で、このだぶだぶの洋服を着て出掛けるですがね」
「西洋はやかましい。御前のような不作法ものには好い修業になって結構だ」
「ハハハハ西洋へ行くと堕落するだろうと思ってね」
「なぜ」
「西洋へ行くと人間を二た通り拵えて持っていないと不都合ですからね」
「二た通とは」
「不作法な裏と、奇麗な表と。厄介でさあ」
「日本でもそうじゃないか。文明の圧迫が烈しいから上部を奇麗にしないと社会に住めなくなる」
「その代り生存競争も烈しくなるから、内部はますます不作法になりまさあ」
「ちょうどなんだな。裏と表と反対の方角に発達する訳になるな。これからの人間は生きながら八つ裂の刑を受けるようなものだ。苦しいだろう」
「今に人間が進化すると、神様の顔へ豚の睾丸をつけたような奴ばかり出来て、それで落つきが取れるかも知れない。いやだな、そんな修業に出掛けるのは」
「いっそ廃にするか。うちにいて親父の古洋服でも着て太平楽を並べている方が好いかも知れない。ハハハハ」
「ことに英吉利人は気に喰わない。一から十まで英国が模範であると云わんばかりの顔をして、何でもかでも我流で押し通そうとするんですからね」
「だが英国紳士と云って近頃だいぶ評判がいいじゃないか」
「日英同盟だって、何もあんなに賞めるにも当らない訳だ。弥次馬共が英国へ行った事もない癖に、旗ばかり押し立てて、まるで日本が無くなったようじゃありませんか」
「うん。どこの国でも表が表だけに発達すると、裏も裏相応に発達するだろうからな。――なに国ばかりじゃない個人でもそうだ」
「日本がえらくなって、英国の方で日本の真似でもするようでなくっちゃ駄目だ」
「御前が日本をえらくするさ。ハハハハ」