夏目漱石 『虞美人草』 「その袖無は手製か」…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 夏目漱石 『虞美人草』

現代語化

「その半袖は自分で作ったの?」
「うん、皮は中国に行った友達からもらったんだけど、表は糸公に縫ってもらった」
「本物だよ。いい出来だ。糸公さんは藤尾さんとは違って実用的に作れるからいいね」
「いいね、ふん。あの子が嫁に行ったらちょっと困るな」
「いい嫁の相手はいないかい?」
「嫁の相手か」
「いないこともないんだけど……」
「糸公さんが嫁に行くとおじさんも困るね」
「困ったって仕方ない、どうせいつか困るんだから。――それより君は嫁をもらうつもりはないのかい」
「俺か――だって――食べさせていけないよ」
「だからお母さんの言う通りに君が家を継いで……」
「それはダメだよ。母が何を言っても、俺は嫌だ」
「変だね、どうも。君がはっきりしないもんだから、藤尾さんも嫁に行かれないんだろう」
「行かれないんじゃない、行かないんだ」
「また鱧を食べさせるな。毎日鱧ばかり食べてお腹の中が小骨だらけだ。京都ってところは本当につまらないところだ。そろそろ帰ろうじゃないか」
「帰ってもいい。鱧くらいなら帰らなくてもいい。でも君の鼻はすごいね。鱧の匂いがするかい」
「するじゃないか。台所でしきりに焼いてるよ」
「そのくらい虫が知らせたらおじいさんも外国で死ななくても済んだかもしれない。おじいさんの鼻は悪かったみたいだ」
「ハハハハ。ところで叔父さんの遺品はもう届いたのかな」
「もう届いた頃だね。公使館の佐伯って人が持ってきてくれるはずだ。――何も入ってないだろう――本が少しあるかな」
「例の時計はどうなったんだろう」
「そうそう。ロンドンで買った自慢の時計か。あれは多分入ってるだろ。子どもの頃から藤尾のおもちゃになってた時計だ。あれを持つとなかなか離さなかったんだ。あの鎖についてる柘榴石が気に入ってたみたいで」
「古い時計だね」
「そうだろう、おじいさんが最初に洋行した時に買ったんだから」
「あれを叔父の代わりに僕にくれよ」
「俺もそう思ってたよ」
「おじさんが今度洋行するときに、帰ったら卒業祝いにこれをあげようって約束して行ったんだよ」
「俺も覚えてる。――もしかしたら今は藤尾が取っておもちゃにしてるかもしれないけど……」
「藤尾さんとあの時計はとうてい別れないな。ハハハハ、気にしないよ、それでももらうよ」

原文 (会話文抽出)

「その袖無は手製か」
「うん、皮は支那に行った友人から貰ったんだがね、表は糸公が着けてくれた」
「本物だ。旨いもんだ。御糸さんは藤尾なんぞと違って実用的に出来ているからいい」
「いいか、ふん。彼奴が嫁に行くと少々困るね」
「いい嫁の口はないかい」
「嫁の口か」
「無い事もないが……」
「御糸さんが嫁に行くと御叔父さんも困るね」
「困ったって仕方がない、どうせいつか困るんだもの。――それよりか君は女房を貰わないのかい」
「僕か――だって――食わす事が出来ないもの」
「だから御母さんの云う通りに君が家を襲いで……」
「そりゃ駄目だよ。母が何と云ったって、僕は厭なんだ」
「妙だね、どうも。君が判然しないもんだから、藤尾さんも嫁に行かれないんだろう」
「行かれないんじゃない、行かないんだ」
「また鱧を食わせるな。毎日鱧ばかり食って腹の中が小骨だらけだ。京都と云う所は実に愚な所だ。もういい加減に帰ろうじゃないか」
「帰ってもいい。鱧ぐらいなら帰らなくってもいい。しかし君の嗅覚は非常に鋭敏だね。鱧の臭がするかい」
「するじゃないか。台所でしきりに焼いていらあね」
「そのくらい虫が知らせると阿爺も外国で死ななくっても済んだかも知れない。阿爺は嗅覚が鈍かったと見える」
「ハハハハ。時に御叔父さんの遺物はもう、着いたか知ら」
「もう着いた時分だね。公使館の佐伯と云う人が持って来てくれるはずだ。――何にもないだろう――書物が少しあるかな」
「例の時計はどうしたろう」
「そうそう。倫敦で買った自慢の時計か。あれは多分来るだろう。小供の時から藤尾の玩具になった時計だ。あれを持つとなかなか離さなかったもんだ。あの鏈に着いている柘榴石が気に入ってね」
「考えると古い時計だね」
「そうだろう、阿爺が始めて洋行した時に買ったんだから」
「あれを御叔父さんの片身に僕にくれ」
「僕もそう思っていた」
「御叔父さんが今度洋行するときね、帰ったら卒業祝にこれを御前にやろうと約束して行ったんだよ」
「僕も覚えている。――ことによると今頃は藤尾が取ってまた玩具にしているかも知れないが……」
「藤尾さんとあの時計はとうてい離せないか。ハハハハなに構わない、それでも貰おう」


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