夏目漱石 『虞美人草』 「そう落ちついていちゃ仕方がない。こっちで…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 夏目漱石 『虞美人草』

現代語化

「そんなに落ち込んでちゃダメだろ。こっちが降参するしかないみたいだ」
「おい、おい」
「なんだよ、うるせぇな」
「あの琴を聴いてみよう」
「聴いたって言っただろ」
「あれ、女だよ」
「当たり前だろ」
「いくつだと思う」
「いくつだっけな」
「そんなに冷たくすると張り合いがないぞ。教えてくれって言ったら、ちゃんと教えてくれよ」
「誰が教えるか」
「言わないのか? 言わなかったらこっちが言うしかないな。あれは島田だな」
「座敷でも開いてるのかい」
「なに、座敷は固く閉まってるよ」
「それじゃまた例のごとくいい加減な雅号なんだろう」
「雅号だけど本名でもあるみたいだ。俺、あの子見たんだよ」
「なんで」
「だって聴きたくなったんだ」
「別に聴かなくてもいいよ。そんなこと聞くよりこの筍を研究してるほうがよっぽど面白い。この筍を寝ながら横から見ると、背が低く見えるのはどういうわけだろう」
「多分お前の目が横に付いてるせいだろう」
「2枚の障子に3本描いたのは、どういう意味だろう」
「下手すぎて1本減ったつもりだろ」
「筍が真っ青なのはなんでだろう」
「食べると中毒するっていう謎だろ」
「やっぱり謎か。お前だって謎を解いてるじゃないか」
「ハハハハ。たまには解いてみるよ。ところでさっきから島田の謎を解いてやろうって言ってるのに、ぜんぜん解かせないのは哲学者にしてはやる気がなさすぎると思うけどな」
「解きたければ解けよ。そんなに偉そうにされても、お前の言うことなんて聞かないよ」
「それじゃ、とりあえず安っぽい解釈をして、あとから頭を下げさせることにしよう。――あのさ、あの琴の主はさ」
「うん」
「俺が見たんだよ」
「そりゃさっき聞いた」
「そうか。それじゃあ別に話すこともないな」
「なければ、いいよ」
「いや、よくない。話すよ。昨日さ、俺がお風呂から上がって、縁側で着替えて涼んでたんだ――聞いてるだろ――俺は何気なく鴨川の景色を眺めて、ああ気持ちいいなってふと隣家を見たら、あの娘が窓を半分開けて、開けた窓にもたれて庭を見てたんだ」
「美人かい」
「ああ、美人だよ。藤尾さんより劣るけど糸公より上かな」
「そうか」
「それっきりじゃ、あまりにもつまらないな。それは残念だったな、俺も見ればよかったぐらい義理にも言ってくれよ」
「そりゃ残念だったな、俺も見ればよかった」
「ハハハハだから見せるから縁側まで出て来いって」
「だって窓は閉まってるだろ」
「そのうち開くかもしれないよ」
「ハハハハ小野なら窓が開くまで待ってるかもしれないな」
「そうだね。小野を連れてきて見せたらよかった」
「京都はああいう人間が住むのにいいところだな」
「うん、まさに小野向きだ。おーい、来いって言ってるのに、あれこれ言って、結局来ない」
「春休みに勉強するって言ってるんだろう」
「春休みに勉強なんてできるわけない」
「あいつはいつもああだからいつだって勉強できない。そもそも文学者は軽薄だからダメなんだ」
「ちょっと耳が痛いな。俺だってそんなに重くないけどな」
「いえ、単なる文学者ってのは霞に酔ってぼんやりしてるだけで、霞を払って実体を見つけようとしないから根性が無いんだよ」
「霞の酔っ払いだな。哲学者なんて余計なことを考え込んで暗い顔してるから、海水で酔っ払ってるんだろう」
「お前みたいに叡山に登るために若狭まで行っちゃう奴は白雨の酔っ払いだよ」
「ハハハハ、それぞれ酔っ払ってるから面白いな」

原文 (会話文抽出)

「そう落ちついていちゃ仕方がない。こっちで降参するよりほかに名案もなくなった」
「おい、おい」
「何だ、うるさい男だね」
「あの琴を聴いたろう」
「聴いたと云ったじゃないか」
「ありゃ、君、女だぜ」
「当り前さ」
「幾何だと思う」
「幾歳だかね」
「そう冷淡じゃ張り合がない。教えてくれなら、教えてくれと判然云うがいい」
「誰が云うものか」
「云わない? 云わなければこっちで云うばかりだ。ありゃ、島田だよ」
「座敷でも開いてるのかい」
「なに座敷はぴたりと締ってる」
「それじゃまた例の通り好加減な雅号なんだろう」
「雅号にして本名なるものだね。僕はあの女を見たんだよ」
「どうして」
「そら聴きたくなった」
「何聴かなくってもいいさ。そんな事を聞くよりこの筍を研究している方がよっぽど面白い。この筍を寝ていて横に見ると、背が低く見えるがどう云うものだろう」
「おおかた君の眼が横に着いているせいだろう」
「二枚の唐紙に三本描いたのは、どう云う因縁だろう」
「あんまり下手だから一本負けたつもりだろう」
「筍の真青なのはなぜだろう」
「食うと中毒ると云う謎なんだろう」
「やっぱり謎か。君だって謎を釈くじゃないか」
「ハハハハ。時々は釈いて見るね。時に僕がさっきから島田の謎を解いてやろうと云うのに、いっこう釈かせないのは哲学者にも似合わん不熱心な事だと思うがね」
「釈きたければ釈くさ。そうもったいぶったって、頭を下げるような哲学者じゃない」
「それじゃ、ひとまず安っぽく釈いてしまって、後から頭を下げさせる事にしよう。――あのね、あの琴の主はね」
「うん」
「僕が見たんだよ」
「そりゃ今聴いた」
「そうか。それじゃ別に話す事もない」
「なければ、いいさ」
「いや好くない。それじゃ話す。昨日ね、僕が湯から上がって、椽側で肌を抜いで涼んでいると――聴きたいだろう――僕が何気なく鴨東の景色を見廻わして、ああ好い心持ちだとふと眼を落して隣家を見下すと、あの娘が障子を半分開けて、開けた障子に靠たれかかって庭を見ていたのさ」
「別嬪かね」
「ああ別嬪だよ。藤尾さんよりわるいが糸公より好いようだ」
「そうかい」
「それっきりじゃ、余まり他愛が無さ過ぎる。そりゃ残念な事をした、僕も見ればよかったぐらい義理にも云うがいい」
「そりゃ残念な事をした、僕も見ればよかった」
「ハハハハだから見せてやるから椽側まで出て来いと云うのに」
「だって障子は締ってるんじゃないか」
「そのうち開くかも知れないさ」
「ハハハハ小野なら障子の開くまで待ってるかも知れない」
「そうだね。小野を連れて来て見せてやれば好かった」
「京都はああ云う人間が住むに好い所だ」
「うん全く小野的だ。大将、来いと云うのになんのかのと云って、とうとう来ない」
「春休みに勉強しようと云うんだろう」
「春休みに勉強が出来るものか」
「あんな風じゃいつだって勉強が出来やしない。一体文学者は軽いからいけない」
「少々耳が痛いね。こっちも余まり重くはない方だからね」
「いえ、単なる文学者と云うものは霞に酔ってぽうっとしているばかりで、霞を披いて本体を見つけようとしないから性根がないよ」
「霞の酔っ払か。哲学者は余計な事を考え込んで苦い顔をするから、塩水の酔っ払だろう」
「君見たように叡山へ登るのに、若狭まで突き貫ける男は白雨の酔っ払だよ」
「ハハハハそれぞれ酔っ払ってるから妙だ」


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