夏目漱石 『虞美人草』 「寝てばかりいるね。まるで君は京都へ寝に来…

GoogleのAI「Gemini」を使用して現代語化しました。


青空文庫図書カード: 夏目漱石 『虞美人草』

現代語化

「寝てばっかりだね。まるで京都に寝に来たようなもんだ」
「うん。本当に楽なところだ」
「楽になって、まぁいいけど。お母さんが心配してたぜ」
「ふん」
「ふんは挨拶だね。こうやって君を楽させるために、人知れず苦労してるんだぜ」
「君、あの上の掛け軸の字読めるかい」
「なるほど変だね。」
「分かんないね」
「分からなくてもいいよ、それよりこの襖が面白いよ。一面に金紙を貼ったところは豪華だけど、あちこちにしわがあるのはびっくりしたね。まるで緞帳芝居の小道具みたいだ。そこへ持ってきて、筍を3本、縁起良く描いたのは、どういうつもりだろう。なぁ甲野さん、これは謎だな」
「どんな謎だい」
「それは知らないけど、意味が分からないものが描いてあるんだから謎だろ」
「意味が分からないものは謎にならないんじゃないか。意味があるから謎なんだ」
「ところがあの哲学者って連中は、意味のないものを謎だと思って、一生懸命考えてるぜ。気が狂った人が作った詰将棋の手を、青筋立てて研究してるようなもんだ」
「じゃあこの筍も気が狂った絵描きが描いたんだろう」
「ハハハハ。そこまで分かってたら悩むこともないよ」
「世の中と筍が一緒になるわけないじゃない」
「君、昔話にゴージアン・ノットってのがあるじゃないか。知ってるかい」
「人を中学生だと思ってる」
「思ってなくても、まぁ聞いてみるんだ。知ってるなら言ってみて」
「うるさいな、知ってるよ」
「だから言ってみてよ。哲学者なんてものは、よくごまかすもので、何を聞いても知らないと白状できない執念深い人間だから、……」
「どっちが執念深いか分かんねぇよ」
「どっちでも、いいから、言ってみて」
「ゴージアン・ノットってのはアレキサンダーの時代の話さ」
「うん、知ってるね。それで」
「ゴージアスって百姓がジュピターの神に車を奉納したんだけど……」
「おやおや、ちょっと待った。そんなことあるのかい。それから」
「そんなことあるのかって、君、知らないのか」
「そこまでは知らなかった」
「なんだよ。自分こそ知らないくせに」
「ハハハハ、学校で習った時は、先生がそこまでは教えてくれなかった。あの先生もそこまではきっと知らなかったんだろう」
「ところがその百姓が、車の轅と横木を蔓で結んだ結び目を、誰がどうやっても解くことができない」
「なるほど、それをゴージアン・ノットって言うんだね。そうか。その結び目をアレキサンダーが面倒臭いって、刀を抜いて斬っちゃったんだね。うん、そうか」
「アレキサンダーは面倒臭いとも何とも言ってない」
「そりゃどうでもいい」
「この結び目を解いた者は東洋の帝たらんと神のお告げを聞いたとき、アレキサンダーがそれなら、こうするばかりだって言って……」
「そこは知ってるんだ。そこは学校の先生に教わった所だ」
「それじゃ、それでいいじゃないか」
「いいけどさ、人間は、それならこうするばかりだっていう考え方がないとダメだと思うんだ」
「それもいいだろう」
「それもいいだろうじゃ張り合いがないな。ゴージアン・ノットはいくら考えても解けないんだから」
「切れば解けるのかい」
「切れば――解けなくても、まぁ都合がいいだろう」
「都合か。世の中、都合ほど卑怯なものはない」
「するとアレキサンダーってのはすごい卑怯者ってことになっちゃうわけだ」
「アレキサンダーなんか、そんなにすごい奴だと思ってるのか」

原文 (会話文抽出)

「寝てばかりいるね。まるで君は京都へ寝に来たようなものだ」
「うん。実に気楽な所だ」
「気楽になって、まあ結構だ。御母さんが心配していたぜ」
「ふん」
「ふんは御挨拶だね。これでも君を気楽にさせるについては、人の知らない苦労をしているんだぜ」
「君あの額の字が読めるかい」
「なるほど妙だね。」
「分らんね」
「分からんでもいいや、それよりこの襖が面白いよ。一面に金紙を張り付けたところは豪勢だが、ところどころに皺が寄ってるには驚ろいたね。まるで緞帳芝居の道具立見たようだ。そこへ持って来て、筍を三本、景気に描いたのは、どう云う了見だろう。なあ甲野さん、これは謎だぜ」
「何と云う謎だい」
「それは知らんがね。意味が分からないものが描いてあるんだから謎だろう」
「意味が分からないものは謎にはならんじゃないか。意味があるから謎なんだ」
「ところが哲学者なんてものは意味がないものを謎だと思って、一生懸命に考えてるぜ。気狂の発明した詰将棋の手を、青筋を立てて研究しているようなものだ」
「じゃこの筍も気違の画工が描いたんだろう」
「ハハハハ。そのくらい事理が分ったら煩悶もなかろう」
「世の中と筍といっしょになるものか」
「君、昔話しにゴージアン・ノットと云うのがあるじゃないか。知ってるかい」
「人を中学生だと思ってる」
「思っていなくっても、まあ聞いて見るんだ。知ってるなら云って見ろ」
「うるさいな、知ってるよ」
「だから云って御覧なさいよ。哲学者なんてものは、よくごまかすもので、何を聞いても知らないと白状の出来ない執念深い人間だから、……」
「どっちが執念深いか分りゃしない」
「どっちでも、いいから、云って御覧」
「ゴージアン・ノットと云うのはアレキサンダー時代の話しさ」
「うん、知ってるね。それで」
「ゴージアスと云う百姓がジュピターの神へ車を奉納したところが……」
「おやおや、少し待った。そんな事があるのかい。それから」
「そんな事があるのかって、君、知らないのか」
「そこまでは知らなかった」
「何だ。自分こそ知らない癖に」
「ハハハハ学校で習った時は教師がそこまでは教えなかった。あの教師もそこまではきっと知らないに違ない」
「ところがその百姓が、車の轅と横木を蔓で結いた結び目を誰がどうしても解く事が出来ない」
「なあるほど、それをゴージアン・ノットと云うんだね。そうか。その結目をアレキサンダーが面倒臭いって、刀を抜いて切っちまったんだね。うん、そうか」
「アレキサンダーは面倒臭いとも何とも云やあしない」
「そりゃどうでもいい」
「この結目を解いたものは東方の帝たらんと云う神託を聞いたとき、アレキサンダーがそれなら、こうするばかりだと云って……」
「そこは知ってるんだ。そこは学校の先生に教わった所だ」
「それじゃ、それでいいじゃないか」
「いいがね、人間は、それならこうするばかりだと云う了見がなくっちゃ駄目だと思うんだね」
「それもよかろう」
「それもよかろうじゃ張り合がないな。ゴージアン・ノットはいくら考えたって解けっこ無いんだもの」
「切れば解けるのかい」
「切れば――解けなくっても、まあ都合がいいやね」
「都合か。世の中に都合ほど卑怯なものはない」
「するとアレキサンダーは大変な卑怯な男になる訳だ」
「アレキサンダーなんか、そんなに豪いと思ってるのか」


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