太宰治 『津軽』 「この人などは、まあ、これで、ほんすぢでせ…

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青空文庫図書カード: 太宰治 『津軽』

現代語化

「この人なんて、これでもって本物なんだろうな。」
「文化の伝統とか言いましょうか、」
「秋田にはまだ根強いものがあると思いますよ。」
「津軽はダメですか。」
「今度、津軽について何か書くんだって?」
「はい。でも、津軽のことなんか何も知らないので、」
「何かいい参考書とかありませんか?」
「うーん。」
「私も郷土史にはあまり興味がないんです。」
「津軽名所案内とか、そういう大衆的な本でもないですか? もう何も知らないんですから。」
「ないですないです。」
「じゃあ私は農協にちょっと行ってくるんで、置いてある本でも読んでいてください。今日は天気が悪いですね。」
「農協も今忙しいんですかね。」
「ええ、米の供出割り当ての決定があるので大変なんです。」
「私は今まで米のことなんて考えたこともなかったんですけど、こういう時代になると、汽車の窓から田んぼを自分のことのように喜んだり悲しんだりして眺めてしまいますね。今年はいつまでこんなに寒いのか、田植えも遅れるんじゃないですか。」
「大丈夫でしょう。今は寒くても対策を考えていますし。苗の発育もまあ普通のようです。」
「そうですか。」
「私の知識は、昨日の汽車の窓から津軽平野を眺めただけなんですけど、馬耕って言うんですかね、馬に引っ張らせて田を耕すあれを、牛に引っ張らせてやっているのが多いみたいですね。子供の頃は、馬耕だけでなく荷車を引っ張らせるとか、全部馬で、牛を使うなんてほとんどなかったですよね。私なんか、初めて東京に行ったとき、牛が荷車を引っ張っているのを見て驚きましたよ。」
「そうですね。馬はすごく減りました。ほとんどが徴用されたんです。牛は飼育が楽っていうのもあるでしょうね。でも仕事の効率は、牛は馬の半分以下ですよ。」
「徴用といえば、もう、――」
「私ですか? もう2回も召集令状をもらいましたけど、2回とも途中で返されてしまって、恥ずかしいんです。」
「今度は返されたくないと思ってます。」
「この地方に、尊敬できる偉人っていないんですかね。」
「うーん、私なんかには分かりませんけど、篤農家とか言われる人たちの中に、ひょっとしたらいるんじゃないですか。」
「そうですね。」
「私なんか、理屈は下手ですけど、篤文家とか言うんですかね、情熱だけで生きていきたいと思ってるんですけど、虚栄心とか常識的なこととかに引っかかって、ダメなんですよね。でも篤農家も、あまり篤農家として注目されるとダメなんじゃないですか?」
「そう。そうです。新聞社とかが書き立てたり、講演させたりして、せっかくの篤農家も変な人になっちゃうんです。有名になるとダメですよ。」
「本当にそうですね。」
「人間って哀れなものですよ。名誉には弱いんです。ジャーナリズムなんて、元々はアメリカの資本家が考えたもので、いい加減なものですよ。毒薬ですよ。有名になったとたん、たいてい腑抜けになっちゃいますよね。」

原文 (会話文抽出)

「この人などは、まあ、これで、ほんすぢでせうから。」
「文化の伝統、といひますか、」
「やつぱり、秋田には、根強いものがあると思ひます。」
「津軽は、だめか。」
「こんど、津軽の事を何か書くんだつて?」
「ええ、でも、何も、津軽の事なんか知らないので、」
「何か、いい参考書でも無いでせうか。」
「さあ、」
「わたしも、どうも、郷土史にはあまり興味が無いので。」
「津軽名所案内といつたやうな極く大衆的な本でも無いでせうか。まるで、もう、何も知らないのですから。」
「無い、無い。」
「それぢやあ、わたしは農会へちよつと行つて来ますから、そこらにある本でも御覧になつて、どうも、けふはお天気がわるくて。」
「農会も、いま、いそがしいのでせうね。」
「ええ、いま、ちやうど米の供出割当の決定があるので、たいへんなのです。」
「僕などは、いままで米の事などむきになつて考へた事は無かつたやうなものなのですが、でも、こんな時代になつて来ると、やはり汽車の窓から水田をそれこそ、わが事のやうに一喜一憂して眺めてゐるのですね。ことしは、いつまでも、こんなにうすら寒くて、田植ゑもおくれるんぢやないでせうか。」
「大丈夫でせう。このごろは寒ければ寒いで、対策も考へて居りますから。苗の発育も、まあ、普通のやうです。」
「さうですか。」
「僕の知識は、きのふ汽車の窓からこの津軽平野を眺めて得ただけのものなのですが、馬耕といふんですか、あの馬に挽かせて田を打ちかへすあれを、牛に挽かせてやつてゐるのがずいぶん多いやうですね。僕たちの子供の頃には、馬耕に限らず、荷車を挽かせるのでも何でも、全部、馬で、牛を使役するといふ事は、ほとんど無かつたんですがね。僕なんか、はじめて東京へ行つた時、牛が荷車を挽いてゐるのを見て、奇怪に感じた程です。」
「さうでせう。馬はめつきり少くなりました。たいてい、出征したのです。それから、牛は飼養するのに手数がかからないといふ関係もあるでせうね。でも、仕事の能率の点では、牛は馬の半分、いや、もつともつと駄目かも知れません。」
「出征といへば、もう、――」
「僕ですか? もう、二度も令状をいただきましたが、二度とも途中でかへされて、面目ないんです。」
「こんどは、かへされたくないと思つてゐるんですが。」
「この地方に、これは偉い、としんから敬服出来るやうな、隠れた大人物がゐないものでせうか。」
「さあ、僕なんかには、よくわかりませんけど、篤農家などと言はれてゐる人の中に、ひよつとしたら、あるんぢやないでせうか。」
「さうでせうね。」
「僕なんかも、理窟は下手だし、まあ篤文家とでもいつたやうな痴の一念で生きて行きたいと思つてゐるのですが、どうも、つまらぬ虚栄などもあつて、常識的な、きざつたらしい事になつてしまつて、ものになりません。しかし、篤農家も、篤農家としてあまり大きいレツテルをはられると、だめになりはしませんか。」
「さう。さうです。新聞社などが無責任に矢鱈に騒ぎ立て、ひつぱり出して講演をさせたり何かするので、せつかくの篤農家も妙な男になつてしまふのです。有名になつてしまふと、駄目になります。」
「まつたくですね。」
「男つて、あはれなものですからね。名声には、もろいものです。ジヤアナリズムなんて、もとをただせば、アメリカあたりの資本家の発明したもので、いい加減なものですからね。毒薬ですよ。有名になつたとたんに、たいてい腑抜けになつてゐますからね。」

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