横光利一 『旅愁』 「まア、いつの間にかそんな風になったのだな…

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「えー、いつの間にかそんな感じになっちゃったんだな。うちの嫁さんがカツコだから、最初の頃はあれ見て来て勝つって、ラテン語で洒落てみたのさ。でもだんだん硯の方が好きになっちゃって。今じゃ、この硯は中国製だから、日本名に改名して『○○庵』とかにしたいと思ってるんだ。名前は他人に付けてもらうのが一番いいから、ちょっと考えておいてよ」
「でも、奥さんかわいそうじゃない?」
「ところが、うちの嫁さんは俺より墨の方が好きなみたいなんだよ。いい墨持ってるんだ。それをなんとかして盗んでやろうと思ってるんだけど、なかなか頑固に離さない。墨って硯と違って、触ると減るじゃん。で、一回こっそり嫁さんの秘蔵の墨を、この硯で磨ってみたの。そしたら、手触りが良すぎて、ビリビリって脳がしびれちゃった。で、ヘタな句を作ってみたんだ」
「どんな句?」
「菜の花の茎めでたかれ実朝忌、とかいうやつだったかな。俺にしてはいい句だよ。俳句って、硯と墨がピタッとくっついた時の、あの柔らかい微妙な感触から、自然と一滴の雫が落ちるものなんだよ。ポタリって音がして、墨の匂いがフワッとする」
「ところで、君ら結婚式っていつ?」
「でも、いつか結婚するんだよね。その時に、この硯で詩を書いて祝おうと思ってる。水は五十鈴川から取り寄せたやつがあるからそれで書くし、墨は嫁さんのあの墨を選ぶ」

原文 (会話文抽出)

「まア、いつの間にかそんな風になったのだなア。僕は家内が勝子というものだから、初期の間は、例の見て来て勝つで、ラテン語でビシと洒落てみたのさ。ところが、だんだん硯の方が好きになってね。このごろじゃ、眉子は中国の硯だから、ひとつ日本名に改名して何んとか庵とでもしたいと思ってるところだよ。名は他人につけて貰うのが一番いいんだから、一つ考えといてくれ給え。」
「でも、それじゃ奥さんにお気の毒だわ。」
「ところが、家内はまた僕より墨の方が好きらしいのですね。相当に良墨を持っておるですよ。何んとかして盗んでやろうと隙を窺ってるんだが、こ奴だけはなかなか頑固に放さない。何しろ墨は硯と違って、触れると忽ちそれだけ減るでしょう。一度僕はこっそり家内秘蔵の明墨を、この眉子で擦ってみたが、いや、その手触りの良さといったら、ぴりぴりッと髄に電感が来たね。それで僕は下手な句を一句書いてみたが――」
「何んという句です。」
「菜の花の茎めでたかれ実朝忌、というのだったかな。僕にしてはその句は、細みのよく出た句ですよ。俳句というのは、硯と墨とがぴたりと吸いつき合った触感の、あの柔い微妙な細みから、自然に滴り落ちた一滴の雫でなくては駄目なんだよ。ぽたりッという音がして、墨の匂いがぷんとしてね。」
「君たち結婚式はいつですか。」
「しかし、君たち早かれ遅かれ結婚するんでしょう。そのとき僕はお祝いに、この眉子で詩を贈ろうかと思ってね。水は五十鈴川の取りよせたのがあるからそれで書く、墨は家内の例の明墨を選ぶ。」

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